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破綻の「アパレル王者」再建は困難か
 アパレル大手のレナウン(東証1部)が15日、東京地裁に民事再生法の適用を申請され、再生手続きの開始決定を受けました。レナウンによりますと負債総額は約138億円、業績が悪化していたところに新型コロナウイルスの感染拡大が直撃し、販売が急減していました。

 今年の東証1部上場企業の経営破綻は初めてで、新型コロナウイルスが関係する上場企業の破綻としても初となります。東京証券取引所は同日、上場廃止を決めました。

◎「民事再生」レナウン、最初の躓きはバブル絶頂期に
 (2020/05/16 08:00 JBpress 黒木 亮)

 かつてアパレル業界の“王者”として自他ともに認めたレナウンの民事再生適用申請が、15日、東京地裁に受理された。

 新型コロナ禍による外出自粛と衣料品販売の激減は、体力の弱まった企業から倒れていくサバイバルゲームをもたらし、筆者が住む英国では、柔らかな植物模様の衣料品で世界的に有名なローラ・アシュレイが3月に破綻した。

◇アパレル業界でぶっちぎりの首位
 レナウンは明治35年(1902年)、創業者の佐々木八十八によって「佐々木営業部」として大阪で設立され、繊維製品の卸売業やメリヤス(ニット製品)の製造を手がけた。

 第二次大戦中、国策による企業整理で江商(現・兼松)に吸収合併される苦難期もあったが、戦後、いち早く東京に本社を開設して復活。

 メリヤス、肌着、靴下、セーターなどの販売を手始めに、衣服の洋装化の波に乗って急成長し、瞬く間に日本最大のアパレル・メーカーになった。

 2016年下半期に放送されたNHKの朝ドラ『べっぴんさん』に登場するオライオンという衣料品メーカーのモデルでもある。

 戦後の同社の歴史は、栄光に満ちていた。高度経済成長真っただ中の1961年には、小林亜星が作詞・作曲したCMソング『ワンサカ娘』で一世を風靡。

 1969年には、空前のゴルフブームを背景に、米国の著名ゴルファーの名前を冠し、赤黄白緑の四色の傘をマークにしたトータルファミリーブランド「アーノルドパーマー」で戦後最大と言われるヒットを飛ばした。

 さらに、1971年には、紳士服のブランド「ダーバン」をアラン・ドロンのCMによって売り出し、樫山と大賀を抜き去って、背広市場で首位に躍り出た。

 1965年の売上げで見ると、日本のアパレル・メーカーの上位5社は、

.譽淵Ε鵤隠僑臆円、

樫山(現・オンワードホールディングス)85億円、

イトキン43億円、

せ依枉Σ顳械慌円、

ヅ豕スタイル24億円である。

 1985年時点でも、やはりレナウンが首位で2202億円、2位樫山1760億円、3位ワールド1359億円。レナウンは常に業界の王者だった。

◇営業利益激減でも財テクの儲けで危機感薄く
 しかし、同社の凋落はバブル期にすでに始まっていた。

 アパレルは消費者の嗜好の変化に最も影響を受ける業種の代表格で、常に新たなブランドを生み出していかないと、生き残ることはできない。

 レナウンはダーバン以降、目立った新ブランドを生み出せておらず、バブル真っ最中の1986年に営業利益が5年前の108億円から20億円に激減した。

 しかし、過去の遺産である豊富な内部留保を使った財テクで、毎年50億円を超える営業外収益があったため、社内に危機感は生まれなかった。

 レナウンにとって致命傷になったのが、バブル末期の設備投資と企業買収だ。

 同社は1989年に年商の1割を上回る250億円を投じて、千葉県習志野市茜浜で大物流センターの建設に着工。さらに翌1990年には、英国の名門ブランド「アクアスキュータム」を200億円で買収した。

 しかし、バブル崩壊で物流センターは無用の長物となり、三陽商会の「バーバリー」がすべての年齢層に幅広く売れたのに対し、「アクアスキュータム」は主に50代以上の層にしか売れなかった。

 バブル末期に大規模な設備投資をやって経営危機に陥った企業は、尾州(愛知県と岐阜県をまたぐ毛織物の産地)の多数の織物メーカーや、世界最大級のトレーディングルームを建設した三陽証券など、枚挙にいとまがないが、レナウンも例外ではなかった。

◇バブル弾けてみれば商品企画力も失っていた
 おっとりとして、比較的紳士的な社風も仇となった。

 同じ百貨店を軸足とするアパレル・メーカーでも、オンワード樫山や東京スタイル(現・TSIホールディングス)は体育会系で、営業マンは売れ筋を着実に捉え、欠品を生じさせないよう生産部門と連携するよう、厳しく躾けられている。

 オンワード樫山は、新規ブランドの開発にも積極的で、バブル崩壊後も、20代と30代に的を絞った新ブランド「組曲」(1992年秋冬物)、「五大陸」(紳士物)、「23区」(1993年秋冬物)を次々と投入し、成功を収めた。これに対し、レナウンは営業力も新商品開発力も失っていた。

 1991年には85億円もの営業赤字を計上し、暗く長いトンネルに入った。

 その後は、1991年12月期から11年年連続の営業赤字で、ブランド統廃合、不採算売場からの撤退、人員削減といったリストラに明け暮れた。

 2004年に紳士服専業のグループ会社ダーバンと経営統合し、ダーバンの利益を取り込んだり、不動産を売却したりして、2003年1月期から2007年2月期までは何とか黒字を維持したが、2008年2月期に再び赤字に転落した(決算時期は1993年から1月に、2004年から2月に変更した)。

 この間、メーンバンクである三井住友銀行は、西川善文頭取が「レナウンは絶対つぶすな」と行内で指示し、エース級の人材を複数人レナウンに出向させ、再建策の策定に当たらせた。

 また、2005年にレナウンは、投資会社のカレイド・ホールディングスから100億円の出資を受け入れた。

 カレイドは、興銀証券で執行役員を務め、日本の企業再生ファンドの草分けと言われる川島隆明氏が設立した独立系の投資会社で、配管機材メーカーのベネックス(現・ベンカン)、衣料品メーカーの福助、自動車管理業務の大新東といった企業の再生を手がけ、成功していた。

 川島氏はレナウンの取締役となり、主にアクアスキュータムにテコ入れする戦略でレナウンを立て直そうとしたが果たせず、2009年に撤退した。

◇アクアスキュータムの売却、中国企業の傘下入り
 レナウンは2009年にアクアスキュータムを売却し、翌2010年、中国山東省の民間大手繊維メーカー、山東如意科技集団を引き受け先として40億円の第三者割当増資を実施し、同社の傘下に入った。

 しかし、その後も業績が浮上することはなく、株価は100円から150円という水準で低迷を続けた。

 昨年12月の決算では、親会社の山東如意科技集団自体の業績も厳しくなり、レナウンが保有する同社のグループ会社である香港企業に対する売掛金回収が滞ったため、57億円の貸倒引当金を計上した。

 そこに新型コロナ・ショックが追い打ちをかけ、2月後半から株価が60円近くまで急落し、外出自粛にともなう売上げ急減で、とどめを刺された。

 ちなみに直近の決算による、アパレル・メーカーの売上順位は次の通りに激変している。

.侫 璽好肇螢謄ぅ螢鵐亜淵罐縫ロ)2兆2905億円、

△靴泙爐蕋毅苅僑芦円、

青山商事2503億円、

ぅ錙璽襯稗横苅坑慌円、

ゥンワードホールディングス2407億円。

 激的な主役交代である。

 レナウンの破綻の原因は、戦後の衣服の洋装化の恩恵を受け、粗利益率25パーセント〜30パーセント後半という高収益の百貨店向けビジネスを謳歌し、ダーバンやアーノルドパーマーの遺産に安住しているうちに、新商品開発力を失ったこと、バブル末期に過大な設備投資や企業買収を行ったこと、平成に入って不況やインターネットの普及(趣味・嗜好の多様化)の影響で、ユニクロのような安くてカジュアルな衣料品を消費者が求めるようになったことが挙げられる。

 英国のローラ・アシュレイは、すでに米国の投資会社ゴードン・ブラザーズによって買収された。経営が破綻してもブランド力がある会社は、債務を削減して身軽になれば買い手は付くのである。

 しかし、半ば過去のものとなったアーノルドパーマー以外、これといったブランドを持たないレナウンの再建は、困難が予想される。
| 雑感 | 19:41 | comments(0) | - |