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歌手 梓みちよさん死去「こんにちは赤ちゃん」などヒット

 「こんにちは赤ちゃん」などのヒット曲で知られる歌手の梓みちよさんが、東京都内の自宅で亡くなりました。76歳でした。

 梓みちよさんは福岡市の出身で、宝塚音楽学校に在学中に芸能プロダクションのオーディションに合格し、昭和37年、「ボッサ・ノバでキッス」で歌手デビューしました。

 その翌年には、NHKの人気バラエティー番組「夢であいましょう」で紹介された「こんにちは赤ちゃん」が大ヒットし、この年の日本レコード大賞を受賞したほか、NHKの紅白歌合戦に初出場しました。

 その後も「二人でお酒を」や「メランコリー」など幅広いヒット曲を歌い、人気を集めました。

 最近もテレビ番組を中心に活動を続け、「こんにちは赤ちゃん」を作詞した永六輔さんが4年前に亡くなった時には、「永さんなしでは、梓みちよという歌手は誕生しませんでした。思い出を振り返ってみても、感謝の気持ちしかありません」などとコメントしていました。

 所属事務所によりますと、梓さんは先月29日に東京都内の自宅で倒れているところを、打ち合わせのために訪れたマネージャーが見つけ、死亡が確認されたということです。

◎梓みちよさん76歳死去、マネジャーが自宅で発見
 (2020年02月03日 19:20 日刊スポーツ)

 「こんにちは赤ちゃん」「二人でお酒を」などのヒット曲で知られる歌手の梓みちよさんが亡くなっていたことが3日、明らかになった。所属事務所が発表した。76歳だった。

 所属事務所によると、出演予定の番組の打ち合わせのため1月29日午後にマネジャーが都内の自宅を訪ねたところ、亡くなっているのが見つかったという。「ご遺族の意志に基づきまして近親者のみにて2月2日に葬儀が執り行われました」としている。

 梓さんは福岡市で育ち、福岡女学院高を2年で中退、宝塚音楽学校へ。在学中に渡辺プロのオーディションに合格し、1962年「ボッサ・ノバでキッス」で歌手デビュー。1963年「こんにちは赤ちゃん」をリリース。NHK紅白歌合戦にも初出場した。その後「二人でお酒を」「メランコリー」など多数のヒット曲を持つ歌手業以外にも、テレビ「新婚さんいらっしゃい」「11PM」などの司会や、舞台でも活躍した。

 「こんにちは赤ちゃん」はミリオンセールスとなり、日本レコード大賞を受賞。翌1964年には、昭和天皇の前で同曲を歌った。同曲の大ヒットは、喜びの一方で、苦しみも生んだ。2006年に日刊スポーツの取材に応じた際には、「何を歌っても『こんにちは赤ちゃん』には、かなわない。重すぎて耐えられない、と思った時期もありました」と当時の心境を明かしていた。

 1974年リリースの「二人でお酒を」は、あぐらをかきながら歌うスタイルが話題になった。大人の女のイメージにも転換し、ディナーショーの仕事も増えていた。「お酒の席で赤ちゃんの歌は歌えないと考えて『こんにちは赤ちゃん』を封印していたんです」と話していた。

 2002年の40周年コンサートで、「こんにちは赤ちゃん」の封印を解いた。2006年には、「この曲は私にとって世に出してもらうきっかけであり、一番の宝物だから、大切にしよう。40年かかって、そんな気持ちになれたから、アンコールの最後に、やっと歌えたんです」と明かしていた。

◆梓(あずさ)みちよ
 本名・林美千代。1943年(昭18)6月4日、福岡市出身。引き揚げ先の同市で育ち福岡女学院高に進学。中退し宝塚音楽学校へ進むが、在学中渡辺プロのオーディションに合格。「メランコリー」など多数のヒット曲がある。テレビ朝日系「新婚さんいらっしゃい」で桂三枝(現文枝)の2代目アシスタント、日本テレビ系「11PM」のアシスタントなどバラエティーや舞台でも活躍。NHK紅白歌合戦は10回出場した。
| 雑感 | 06:58 | comments(0) | - |