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ラグビー日本代表は、なぜ31人中15人が外国人選手なのか?スポーツと国籍問題を考える
 ラグビーワールドカップ日本大会で、日本は、難敵のアイルランドに19対12で勝って大盛り上がりです。しかし、日本チームは何故外国人選手が多いのか、私も不思議でなりませんでした。

◎ラグビー日本代表は、なぜ31人中15人が外国人選手なのか?スポーツと国籍問題を考える
 (2019年09月29日 15:51 Business Journal)

 9月20日、今回で第9度目となるラグビーW杯が幕を開けた。今回の日本での開催が、同杯史上アジアでは初の開催となり、同日に東京スタジアム(東京都調布市)で行われた対ロシア戦に日本は30対10で勝利。9月28日は対アイルランド戦(於 小笠山総合運動公園エコパスタジアム/静岡県)、そして10月5日には対サモア戦(於 豊田スタジアム/愛知県)が控えており、多くのファンが決勝トーナメント進出を待ち望んでいる。

 ところでW杯前にも話題となったのが、日本代表選手31人のうち、15人が外国出身だったことだ。日本に帰化していない外国籍の選手も7人おり、そのことに疑問を持つ日本人はいまだに多い。

 日本国籍でなければ代表選手にはなれない野球やサッカーなどのスポーツと違い、ラグビーは国籍にとらわれない独自の選考基準があり、それはラグビーというスポーツのルーツと深く関係している。

 著書『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)をこの8月に上梓したばかりのノンフィクションライター山川徹氏に話を聞いた。

◇国籍よりも居住地を重視
 ラグビーをよく知らない人にとってまず不思議なのが、「日本代表なのになぜ外国人選手がいるのか?」という問いではないだろうか。

 その理由は、ラグビーというスポーツが生まれた歴史にあると山川氏は語る。

 「ラグビーは、19世紀初めにイングランドで誕生したスポーツです。その後、ウェールズやスコットランド、アイルランドなどにも広がっていき、パブリックスクールや大学でも盛んに行われました。

 当時は大英帝国が版図を拡大していた時代ですから、ラグビーを経験したエリートたちは世界各国に散らばり、生活するようになります。それにともない、彼らは赴任先でラグビーにとり組み、彼の地で普及させていった――といわれています。

 そのような背景があるからこそ、選手の国籍よりも、彼らが生活している国や地域の協会を重視する『所属協会主義(地域主義)』と呼ばれる考え方が生まれ、現在まで続いているとされています」

 ラグビーW杯を主催する国際競技連盟である「ワールドラグビー」(本部はアイルランドのダブリン)が規定する現状のルールでは、以下の3つの条件のうちいずれかひとつでも満たせば、自身の国籍とは異なる国の代表選手としてもプレーできる。

1.出生地がその国

2.両親、祖父母のうち1人がその国出身

3.その国で3年以上、継続して居住。または通算10年にわたり居住

 ちなみに「3」については、今回のW杯後、「3年以上の居住」が「継続した10年以上」に変更されることが決定している。

 2000年には、「1人の選手は1カ国の代表にしかなれない」とのルールが変更がなされており、それ以前には、条件さえ満たせば、1人の選手が複数の国の代表としてプレーすることも可能だった。

 実際、たとえば現在日本代表のヘッドコーチを務めているジェイミー・ジョゼフは、ニュージーランドと日本の代表経験を持つ。ほかのスポーツにはないこうしたラグビーのルールは、上述したような歴史によるところが大きいわけだ。

 スポーツは、「ナショナリズム」と共に語られるケースが多い。一般の人が自分の母国を応援することは、素朴な感覚として納得できる。

 しかし、そのことが他国を貶めることにつながれば? あるいは、そうしたファンの素朴な感情を、国家の側が自国への“忠誠”をあおるために利用しようとしたら――?

 そのような問題意識を持つとき、ラグビーにおける上記のような「代表」規定は、極めて示唆に富むものとなるだろう。

◇外国人選手が日本ラグビーに与えた影響とは
 山川氏によれば、過去、日本代表になった外国人選手で最も多いのはトンガ人で、3割以上にも及ぶという。

 トンガとは、ニュージーランドの北東に位置し、南太平洋に浮かぶ王国。面積約720平方キロメートル(長崎県対馬市、北海道石狩市と同等)、人口10万8000人(埼玉県富士見市、愛媛県西条市と同等)という小規模な島国だ。

 1875年に建国されたトンガ王国は、イギリスの保護領を経て1970年に独立し、イギリス連邦加盟国となった。トンガも、イギリスからラグビーが伝えられた国なのだ。

 そして、戦後初めて日本代表となった海外出身選手が、1980年にトンガから来日したノフォムリ・タウモエフォラウ氏。山川氏の著書でも詳しく述べられているように、当時23歳のノフォムリ氏は、すでにラグビーのトンガ代表として活躍中だったが、ソロバンを学ぶため大東文化大学に留学したのだという。

 ノフォムリ氏は、1985年10月19日のフランス戦で、初めて日本代表選手に選出。さらに、1987年に開催された記念すべき第1回W杯(ホスト国はオーストラリアとニュージーランド)においても日本代表入りを果たした。

 留学後すぐノフォムリ氏の前に立ちはだかった壁が「食」と「言葉」だった。しかし、それ以上に納得できなかったことが、日本特有の体育会的文化そのものだったのだという。

 「ノフォムリさんの話で非常に興味深かったのが、日本の厳しすぎる先輩後輩の上下関係をどうしても理解できなかったと語っていたことです。やがてガマンができなくなったノフォムリさんは、大東大ラグビー部の上級生たちを一喝したんです。『むしろ、年上の者が年下の面倒を見るべきだ』と。1980年代の大学の体育会系文化のなかでは誰も疑問に思っていなかった理不尽な習慣を変えたのが外国人留学生だったというところが、面白いと感じました。外国人留学生を通して海外文化の視点が入ってきたとき、『日本のこの部分はおかしい』という発想が生まれたわけです。これは大きなインパクトですよね」

◇『日本人よりも日本人らしい』のエゴ
 現在のルールでは、外国の代表に一度なってしまえば、母国の代表にはなれない決まりとなっている。とするならば、日本代表を目指す海外出身の選手は、日本に対する思いが人一倍強い――ということなのだろうか。山川氏はこう語る。

 「ニュージーランド出身で、現日本代表キャプテンのリーチマイケル選手(現在は日本国籍を取得)は、海外出身選手のために『君が代』を歌う練習の場を設けたり、その歌詞の意味をよく理解するために宮崎県の大御神社に足を運び『さざれ石』を見学しに行ったり、そして俳句を勉強したりなど、日本について学ぼうとしているのは有名な話です。そのような外国人のことを『日本人よりも日本人らしい』と語る人がいるのですが、私ははたしてそうなのかと思ってしまう。

 リーチ選手は、『日本人選手はミスがあっても『ドンマイ』『ドンマイ』とチームの和を尊び、ミスの原因を追及しない』と話していました。『それでは強くならない。だから、グラウンドのうえでは、自分は日本人らしくならないように気をつけて、ミスの原因を厳しく指摘している』と。私はそこに、考え方が異なる日本人と海外出身の選手が代表チームを一緒につくっていくラグビーの面白さがあると思いました。

 日本代表だから、と海外出身の選手たちが日本人よりも日本人らしくなってしまっては、ラグビー日本代表の魅力が薄くなってしまう気がする。もちろんリーチ選手たちは、日本文化や、日本人らしさを尊重しています。多様な価値観を持ちながら、日本を代表する責任を誰よりも知る選手たちがいるからこそ、日本代表は強くなってきたと思うんです」

◇「日本代表」を選んだ理由はなんだっていい
 さらに、山川氏は、「それぞれの海外出身選手が日本代表を選んだ理由に注目してほしい」と続ける。

 「韓国の選手が日本代表になるプロセスが気になって、韓国人として戦後初の日本代表選手になった金抔技瓩筺現役の日本代表である具智元選手にも話を聞きました。韓国ではなく、なぜ日本代表を選んだのかと聞くと、金さんは『高校時代からずっと日本のラグビーに憧れて、日本の社会人で活躍することしか頭になかった』と語っていました。韓国代表選手だった父を持つ具選手も『日本代表は憧れの存在だった』と。あくまでもスポーツですし、国籍にはとらわれず、『ただそのチームが好きで、プレースタイルに憧れていたから』という理由でも、私は全然構わないと思っています。彼らが日本チームのために頑張ることに変わりはないですからね」

 今回のW杯で4回目の出場となったニュージーランド出身のトンプソンルーク選手も、日本代表としてプレーする意味について、こう語ったという。

 「トンプソンルーク選手は、『日本はめっちゃいい国で、特に大阪が大好き。好きな町で暮らし、その国の代表として戦う。そこがラグビーのいいところ』と話してくれました。シンプルでいいですよね。彼は、日本代表としてはじめて出場した第6回W杯をニュージーランド国籍のまま戦いました。しかし次の第7回大会の前に『日本代表として出場するには、日本人として戦いたい』と日本国籍を取得します。話を聞いていて、大好きな町で暮らし、日本の仲間とプレーするなかで、日本への思いが強まっていくような感じを受けました。

 いまだに彼らを『助っ人』という目で見る人もいます。強い助っ人をたくさん使っているのだから、勝たなければならない、と。でもスポーツだから、勝つときもあれば、負けるときもある。それでいいじゃないかと思うんです。海外出身の選手がプレーするのは日本だけではありません。さまざまなルーツを持つ選手たちが、自ら選んだ国の代表として戦う。それが、ラグビーの醍醐味のひとつなのですから」

 2019年4月より改正出入国管理法が施行され、外国人労働者のさらなる増加が予想されている。在留外国人の数は、2018年末時点ですでに270万人超。300万人を超えるのもそう遠くはないだろう。外国人排斥の動きも強まる一方で、「隣人としての外国人」は確実に増えているのだ。

 国籍とは何か、日本人とは何か、そして「日本代表を応援する」とはなんなのか――。ラグビー日本代表のあり方は、日本の将来を考える上で、非常に示唆に富む存在なのかもしれない。

 (文=福田晃広/清談社)
| 雑感 | 17:14 | comments(0) | trackbacks(0) |









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