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天皇陛下 宮中晩さん会でおことば 全文

 この度、アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプ閣下が、令夫人と共に、我が国を再び御訪問になりましたことを心から歓迎いたします。

 特に、私が皇位を継承してから最初の国賓として、今宵、大統領御夫妻を晩餐会の席にお迎えすることができ、嬉しく思います。

 我が国が、鎖国を終えて国際社会に足を踏み出したのは、今から165年前の1854年に、貴国との間で日米和親条約を締結したことに始まります。

 それ以来、日米両国とその国民は、様々な困難を乗り越え、相互理解と信頼を育み、今や太平洋を隔てて接する極めて親しい隣国として、強い友情の絆で結ばれております。

 特に近年、両国の関係が、政治や経済にとどまらず、芸術、文化、スポーツ、最先端技術など、幅広い分野で深みを増していることを、喜ばしく思います。

 また、日米両国が困難な時に互いに助け合える関係にあることは大変心強く、取り分け、8年前の東日本大震災の折に、2万人を超える貴国軍人が参加した「トモダチ作戦」を始め、貴国政府と貴国国民から、格別の温かい支援を頂いたことを、私たちは決して忘れることはないでしょう。

 貴国と皇室との交流の歴史にも、また特別なものがあります。私の祖父である昭和天皇は、香淳皇后と御一緒に、1971年、御即位後初めての外国御訪問の途次に立ち寄られたアラスカにおいて、ニクソン大統領御夫妻より、そして、一九七五年に御訪米をされた折には、フォード大統領御夫妻より、それぞれ歓迎を頂きました。

 また、私の両親である上皇上皇后両陛下も、皇太子時代の1960年に初めて貴国を公式訪問された折には、アイゼンハワー大統領御夫妻始めの歓待を受けられたほか、御即位後の1994年には、国賓として、クリントン大統領御夫妻をはじめ貴国の国民から手厚くおもてなしいただいたと伺っています。

 私自身の貴国との最初の思い出は、1970年の大阪万博であり、当時私は十歳でしたが、月の石を間近に見たことや、チャールズ・リンドバーグ飛行士(※1)に、水上飛行機シリウス号(※2)の操縦席に乗せていただいたことを、今でも鮮明に覚えています。

 その後、1985年に、英国留学の帰途、貴国を初めて長期に訪れた折には、レーガン大統領から温かくお迎えいただきました。マンハッタンの摩天楼、サンフランシスコやニューオリンズの街並み、グランドキャニオンの威容など、都市や自然のスケールの大きさと多様性に強い印象を受けたことが懐かしく思い起こされます。

 皇后も、幼少の時期をニューヨークで、また、高校、大学時代をボストン郊外で過ごしており、私どもは貴国に対し、懐かしさと共に、特別の親しみを感じています。

 トランプ大統領御夫妻が、前回の御訪問の折にお会いになった上皇陛下は、天皇として御在位中、平和を心から願われ、上皇后陛下と御一緒に、戦争の犠牲者の慰霊を続けられるとともに、国際親善に努められました。

 今日の日米関係が、多くの人々の犠牲と献身的な努力の上に築かれていることを常に胸に刻みつつ、両国の国民が、これからも協力の幅を一層広げながら、揺るぎない絆を更に深め、希望にあふれる将来に向けて、世界の平和と繁栄に貢献していくことを切に願っております。

 日本は、今、緑の美しい季節を迎えています。大統領御夫妻の今回の御滞在が、楽しく、実り多いものとなることを願うとともに、お二方の御健勝、そして、アメリカ合衆国の繁栄と貴国国民の幸せを祈り、杯を挙げたく思います。

(※1)チャールズ・A・リンドバーグ飛行士(米国人)は、1927年に、「スピリット・オブ・セントルイス」号と名付けた単葉単発単席のプロペラ機で、世界で初めて大西洋横断単独無着陸飛行に成功したことで知られている。

(※2)水上飛行機「シリウス」号は、リンドバーグ飛行士が、1931年に北太平洋航路の調査のため,ニューヨークから日本を経て中国まで飛行した際に使用したもの。1970年の大阪万博の折に展示された。
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