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天皇皇后両陛下 ご結婚からこれまでの歩み

 天皇皇后両陛下は、平成5年6月9日に結婚されました。結婚からこれまでの歩みです。

 結婚された時、天皇陛下は33歳、皇后さまは29歳でした。

 皇居で行われた「結婚の儀」に続いて、お住まいのある赤坂御用地までオープンカーでパレードされ、沿道には20万人近くが詰めかけました。

 1か月後の宮中晩さん会で、皇后さまは皇族として国際舞台にデビューし、元外交官のキャリアを生かして、外国の首脳と懇談されました。

 翌年、両陛下は、初めてお二人での外国公式訪問に臨み、中東4か国を回って国際親善に努められました。

 天皇陛下が、これまでに公式訪問した国は39か国に上り、このうち12か国は皇后さまと訪問されました。

 天皇陛下は、「国民と心をともにする」という上皇さまのお気持ちを受け継ぎ、皇后さまとともにさまざまな公務に臨まれてきました。

 大きな災害が起きると、両陛下は現地を訪れ、被災した人たちを見舞われました。

 平成7年に阪神・淡路大震災が発生した際には、外国訪問の日程を繰り上げて帰国し、2か月連続で被災地を見舞われました。

 また、戦後生まれの両陛下は、戦争を経験した人や遺族たちのことばに耳を傾けることも大切にし、沖縄や広島、長崎を訪れた際に懇談の機会を持たれてきました。

 また、「全国障害者スポーツ大会」の開会式に出席する公務を担うなど、社会で弱い立場にある人たちにも寄り添われてきました。

 平成10年の長野パラリンピックでは、お二人で開会式に臨まれ、大会の名誉総裁を務めた天皇陛下が、開会を宣言されました。

 各地を訪問した際には、子どもや若い世代の人たちとふれあう機会を積極的に持ち、日本の将来を担う人たちとの交流も重ねられてきました。

 天皇陛下は、皇太子時代に、毎年の恒例行事などにあわせて、すべての都道府県を公務で訪問されました。

 結婚から8年がたった平成13年12月、長女の愛子さまが誕生されました。

 しかし、その2年後、皇后さまは体調を崩し、療養生活に入られました。慣れない環境と大きなプレッシャーの中で、公務と子育てによる心身の疲れをためられていたのです。

 宮内庁は、「適応障害」という診断結果を公表。天皇陛下は、記者会見で皇后さまを支え続ける決意を述べられました。

 天皇陛下お一人での公務が日常化する中、平成17年に愛知県で開かれた「愛・地球博」では、皇后さまも会場を視察し、1年8か月ぶりに地方での公務に臨まれました。

 一方で、皇后さまは、母親として愛子さまの成長を支え続けられました。愛子さまが学習院初等科で、通学に不安感を抱かれていた時期には、連日、学校に付き添い、対応に尽くされました。

 皇后さまは体調に波があり、公務を重ねるのが難しい状況が続きますが、平成23年に東日本大震災が発生すると、天皇陛下と大きな被害を受けた東北3県を相次いで訪れ、避難生活を続ける被災者を見舞われました。

 そして、平成25年、皇后さまにとって、11年ぶりの外国公式訪問となったオランダへの訪問が実現し、皇后さまは、回復に向けた大きな一歩を踏み出されました。

 皇后さまはその後も少しずつ活動の幅を広げていて、この1年で4回、地方での公務に臨んだほか、去年の秋の園遊会では、15年ぶりに最後まで行事に臨まれました。
| 雑感 | 06:26 | comments(0) | trackbacks(0) |









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