<< March 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 大阪 松井知事と吉村市長が辞職願 ダブル選挙へ | main | 「注文をまちがえる料理店」厚労省にオープン >>
ザ・デストロイヤーさん 死去
 私はデストロイヤーさんをプロレスと言うよりも、バラエティ番組に出演して茶の間で大人気だったと言う印象が強いです。和田アキ子さんの「ゴッドねえちゃん」を楽しみに見てました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 「足四の字固め」を得意技に、力道山ら日本のトップレスラーと名勝負を繰り広げた覆面レスラー、ザ・デストロイヤーのリチャード・ベイヤーさんが7日、亡くなりました。88歳でした。

 これは息子のカート・ベイヤーさんが自身のフェイスブックで明らかにしたほか、アメリカの複数のメディアが7日に伝えました。

 ザ・デストロイヤー、本名リチャード・ベイヤーさんは、アメリカ・ニューヨーク州の出身で、覆面レスラーの先駆けとして昭和30年代から日本でも活躍しました。

 そして、相手の両足を数字の「4」に見えるように交差させる関節技、「足四の字固め」を得意技に、力道山やジャイアント馬場など当時の日本のトップレスラーと名勝負を繰り広げました。

 昭和38年に対戦した力道山との試合では、テレビの平均視聴率で64%もの高い数字を記録しています。

 また、タレントとしても活躍し、バラエティー番組などではその明るいキャラクターでお茶の間の人気を集めました。

 現役引退後は日米の親善交流にも積極的に取り組んできましたが、ここ数週間はホスピスで終末期のケアを受けていたということで、息子のカート・ベイヤーさんは7日、自身のフェイスブックで「父は自宅のベッドで子どもや妻に囲まれて穏やかに死を迎えた」と報告しました。88歳でした。

 アメリカの複数のメディアは、「日米で活躍したザ・デストロイヤーは日本人に愛され、親日家でもあった」と伝えています。

◇旭日双光章も受章 東京五輪で訪日に意欲も
 リチャード・ベイヤーさんはおととし、秋の叙勲で旭日双光章を受章していて、伝達式のあとに行われた記者会見では、東京オリンピックが行われる2020年に日本へ行きたいという意欲を示していました。

◇引退後は子どもの指導にも力入れる
 リチャード・ベイヤーさんは、引退後は子どもの指導にも力を入れ、日本で開かれる少年レスリングの全国大会にアメリカの選手を連れてたびたび参加しました。

 20年前には、秋田市での大会にも参加したということで、当時、県少年レスリング協会の副会長だった杉田秀夫さんは、「プロレスでは悪役だったが、実際に会うと正反対の優しい人柄で、子どもたちに人気があった。秋田の大会で記念品をあげたらとても喜んでくれた。このところ、日本の大会に参加することもなくなっていたが、亡くなったと聞いて驚いた。非常に残念です」と話していました。

◇アントニオ猪木氏「すごいテクニックがあった」
 アントニオ猪木参議院議員は、国会内で記者団に対し、「旅立たれてしまうのは寂しいがしかたない。私がまだ、力道山の付き人をやっていたとき、衝撃的な、リングの上から『四の字固め』をかけた有名な場面があり、すごいテクニックもあった。プロレスをやめてからも幸せだったのではないか」と述べました。

◇和田アキ子さん「デスは同志みたいな存在」
 バラエティー番組で共演した歌手の和田アキ子さんはコメントを出し、「デスは同志みたいな存在です。悪役レスラーだったのに、そのキュートなキャラクターでお茶の間の人気者になり、一時代を築いたことは本当にすごいと思います。ご自宅にも何度もお呼ばれして、家族ぐるみのお付き合いをさせていただきました」と人柄をしのびました。

 和田さんのデビュー40周年のライブの際、チケットを買って来てくれたとして、「アンコールで、お花を持ってステージ近くに駆けつけてくれた時はビックリしました。本当にうれしかったです」と振り返りました。

 そのうえで、「最後にお会いしたのは2年半前、雑誌で対談をした時でした。昔話に花が咲いて、とっても楽しい対談でした。その時から足はものすごく悪そうで心配していたのですが…。心よりご冥福をお祈り申し上げます」とコメントしています。
| 雑感 | 21:12 | comments(0) | trackbacks(0) |









http://blog.sato501.com/trackback/1090356