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福島県内の「震災関連死」心臓と脳血管の疾患が肺炎と並び最多
 福島県内で震災と原発事故による避難生活などで死亡する、いわゆる「震災関連死」と認定された人のうち、およそ200人は、避難に伴う転居などの回数が平均で6回以上に上り、死因は、心臓と脳血管の疾患が肺炎と並んで最も多いことがNHKが行ったアンケート調査で分かりました。専門家は将来が見通せない生活が大きなストレスとなり、健康に影響したのではないかと指摘しています。

 福島県によりますと、県内で先月までに震災関連死と認定された人は2267人で、震災と原発事故から8年がたつ今も増えていて、津波などで犠牲となった1605人を大きく上回るようになっています。

 NHKは原発事故で避難指示が出るなど深刻な被害を受けた双葉郡と南相馬市の9つの市町村を対象に、震災関連死と認定された人の状況についてアンケート調査を行い、195人分の回答を得ました。

 それによりますと、避難所の移動や転居などの回数は「不明」などの25人を除くと、

▽1回から2回が6%にあたる10人、

▽3回から4回が22%にあたる37人、

▽5回から9回が58%にあたる99人、

▽10回以上が14%にあたる24人で、

平均すると6.7回に上り、最も多い人は31回も家族や親類の家などを転々としていました。

 また、死因は

▽肺炎が54人となったほか、

▽心疾患が39人、

▽老衰が19人、

▽脳血管疾患が15人などで、

心臓と脳血管の疾患を合計すると54人となり、肺炎と並んで最も多いことが分かりました。

 一方、自殺した人は11人でした。

 被災者の健康調査を続ける福島県立医科大学の前田正治主任教授は、「死因では高血圧が一因となる心臓や脳血管の疾患が多いのが特徴で、将来が見通せない生活が大きなストレスとなって、高血圧などになり、健康に影響したのではないか」と指摘しています。

◇避難先を転々 ふるさとに帰れず死亡
 震災関連死と認定された浪江町の池田幸雄さんは、原発事故による避難指示が出て避難生活を強いられましたが、ふるさとに帰れないまま、2年後に72歳で死亡しました。

 震災が起きるまで池田さんは軽い腰痛を抱えていましたが、持病はなく、町の職員を定年退職したあとも地域の野球クラブに入って大会にも出るなどしていました。

 しかし、避難所や親戚の家など9か所を転々とし、事故の4か月後に、福島市のアパートを借りたころには、たび重なる車での移動で腰を痛めて外を出歩かなくなり、野球に誘われても行かなくなりました。

 事故から1年後、足腰は一層弱り、食事もことばも少なくなって痩せ細っていったといいます。このころ、同級生が避難先で亡くなり、「おれは浪江に帰って死にたい」と話していたということです。

 その後も、いつ町に戻れるのか全く見通しの立たない中、将来への不安や焦りから日に日にやつれていき、肺炎を患って入院することもありました。

 晩年は家にこもりがちになり、浪江町に帰れないストレスをため込んだまま、事故から2年後の4月、心筋梗塞で亡くなりました。

 妻の正子さんは、「精神的に追い詰められて落ち込んでいたのを自分が支えてあげられず悔しいです。二度とこのような事故を起こしてほしくないという思いでいっぱいです」と話していました。

◇みずから命を絶った人も
 震災関連死に認定された人の中には、みずから命を絶った人もいます。

 亡くなった女性の60代の夫が匿名を条件に取材に応じてくれました。帰還困難区域に住んでいた女性は、毎日のように近所の友人たちとお茶を楽しむ社交的な性格でした。

 原発事故で自宅が帰還困難区域に指定されたため、住み慣れた家を離れざるをえず、近所の人たちとも離れ離れになりました。近くの市に避難しましたが、震災から1年後、友人との会話がない孤独な生活や自宅に帰れない現実へのストレスで眠れなくなり、睡眠薬の服用を始めたといいます。

 そのおよそ1年後には、睡眠薬に加えて、震災前には飲まなかった酒も大量に飲むようになり、「ふるさとに帰れないのなら生きていてもしかたがない」と言い始め、医師にうつ病だと診断されました。

 その後は、「帰りたい」ということばを口癖のようにつぶやき、夫が話しかけても返事をしなくなりました。

 夫は妻に希望を持ってもらいたいと、ふるさとの自宅と同じ間取りの住宅を避難先に新築することを決め、結婚記念日に合わせた海外旅行も計画していました。

 しかし、そのやさきに妻はみずから命を絶ちました。原発事故から4年余りのことでした。

 夫は、「新築工事や海外旅行では覆い隠せないほど、ふるさとに帰れないストレスがたまり、爆発してしまったのだと思う。妻のことを何も分かっていなかった。もっと親身になって考えてあげればよかったと後悔している。妻も家も土地も奪われ、原発事故への怒りは今も収まらない」と話していました。

◇専門家「心の復興が進んでいない人が多い」
 震災と原発事故から8年がたつ今も、福島県で震災関連死が増え続けていることについて、被災者の健康調査を続ける福島県立医科大学の前田正治主任教授は、「多くの被災者が長い避難生活で生きる意欲を失い、自分の体や心のケアができなくなっている深刻な状況を示している。街の復興は進んでも、心の復興が進んでいない人が多く、『自分が弱い』とか『惨めだ』などと思わずに、助けを求めてほしい」と話しています。

 心身の不調は周りの人が気付いて、医療機関の受診を促すことも重要ですが、今回のアンケート調査では、転居を繰り返す中で隣人や友人はもちろん、家族すらも離れ離れになるケースも少なくなく、3世帯家族が2世帯家族になったり、家族との生活が1人暮らしになったりした人はおよそ3割に上りました。

 前田主任教授は、「避難指示区域などでは家族や地域での見守りが崩壊してしまっている。行政が心のケアや健康調査、それに訪問相談などをきめ細かに行って、弱くなった絆を補わなければならない」と指摘しています。
| 福祉・医療と教育 | 10:01 | comments(0) | trackbacks(0) |









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