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俳優の市原悦子さん死去 82歳
 私が市原悦子さんを知ったのは高校生の時、水谷豊さんと原田美枝子さんが主演した『青春の殺人者』と言うATG映画でした。深い理由もなく行きがかりから両親を殺してしまった青年とその恋人の末路を突き放した視点から描いた映画で、市原悦子さんは水谷豊さんの母親役でした。

 日本アート・シアター・ギルド(にほんアート・シアター・ギルド)は、1961年から1980年代にかけて活動した日本の映画会社で、ATG(エーティージー)の略称で示されることも多いです。

 他の映画会社とは一線を画す非商業主義的な芸術作品を製作・配給して日本の映画史に多大な影響を与え、また、後期には若手監督を積極的に採用し、後の日本映画界を担う人物を育成しました。

 私は高校生当時映画研究会に所属しており、知ったかぶりで見ておりましたが実は大変に難しいと思っておりました。懐かしいです。

 市原悦子さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。

 多くの映画やテレビドラマに出演し、民放のテレビアニメ「まんが日本昔ばなし」で、声優としても親しまれた俳優の市原悦子さんが、12日、心不全のため、東京都内の病院で亡くなりました。82歳でした。

 市原悦子さんは千葉県出身で、昭和32年に俳優座に入団し、舞台や映画を中心に優れた演技力を発揮しました。

 昭和46年に俳優座を退団してからは活躍の場を広げ、民放のテレビドラマ「家政婦は見た!」の主役の家政婦役で人気を集めると、平成2年には、広島の原爆の被害を描いた映画「黒い雨」で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞し、俳優としての地位を確かなものにしました。

 また、平成8年に放送されたNHKの大河ドラマ「秀吉」で豊臣秀吉の母、大政所を演じるなど、数多くのテレビドラマに出演しました。

 一方、昭和50年からおよそ20年間にわたって放送された民放のテレビアニメ「まんが日本昔ばなし」では、愛きょうのある独特の声がお茶の間に親しまれました。

 市原さんは2年余り前、自己免疫性脊髄炎と診断され、休養していましたが、去年3月にNHKの番組「おやすみ日本」の中の昔話の語り手として復帰し、先月にも入院先の病院で収録を行っていました。

 所属事務所によりますと、市原さんは、12日午後1時半すぎ、心不全のため、東京都内の病院で亡くなりました。82歳でした。

 市原さんの告別式は、今月18日に東京 港区の青山葬儀所で行われます。

◇竹中直人さん「深い愛を持った声 耳に深く残る」
 市原さんは、NHKの大河ドラマ「秀吉」で豊臣秀吉の母、大政所を演じました。

 豊臣秀吉の役を演じた俳優の竹中直人さんは、市原さんが亡くなったことについて、「大河ドラマで市原悦子さんとぼくは母と息子の関係でした。一年間共にひとつの作品を作れた事は今もぼくの宝物です。市原さんの深い愛を持った声の音色はあの頃のぼくに勇気と力を与えてくれました。そして今もぼくの耳に深く残っています…ご冥福をお祈りいたします」と事務所を通じてコメントしています。

◇中村敦夫さん「あの頃の熱い時間 昨日のことのよう」
 市原さんと劇団の俳優座でともに過ごした俳優の中村敦夫さんは、「突然の訃報に衝撃を受けています。最近でこそ、お会いする機会が減っておりましたが、俳優座時代は、劇団の改革を求めて連帯し、集団脱退にまで突き進んだ同志でした。あの頃の熱い時間が昨日のことのように蘇ってきます。演技派NO1の大女優が、あっさり去ってしまうのは、悲しすぎて言葉になりません。心から御冥福をお祈り致します」とコメントしています。

◇東伸児監督「映画をご一緒させてもらったこと大切に」
 市原さんが3年前に出演し、宮崎県で撮影された映画『しゃぼん玉』の東伸児監督は、「本当に残念でなりません。市原さんは、上品で気さくで、スタッフや地元の皆さんとも気軽に話しながらも、どこか孤高の人でした。たぶん、僕らには見えてない景色を、市原さんは見てるんだろうなあ、と感じていました。それを一生懸命探るのが、僕の現場での日々でした。どんな芝居がでてくるのか、楽しみでもあり、怖くもありました。映画をご一緒させてもらったことを、大切にしていこうと思います。心よりお悔やみ申し上げます」とコメントしています。

◇新海誠監督「信じがたく とても残念」
 市原さんは、人気アニメーション映画「君の名は。」で、ヒロインの祖母の声を演じていました。

 新海誠監督は、市原さんが亡くなったことについて、ツイッターで、「信じがたく、とても残念です。僕は『まんが日本昔ばなし』で育ちました。『君の名は。』の収録で初めて市原さんにお会いした瞬間、初めてセリフをいただけた時の感動、披露試写であたたかいお言葉を頂いた時、すべてつい昨日のようです」とコメントしています。

◇「日本のお母さんのような人」
 市原さんが亡くなったことについて、東京 渋谷では悼む声が聞かれました。

 東京に住む58歳の男性は、「温かい、日本のお母さんのような人でした。本当に大事な人を亡くして残念ですが、みんなの心の中に残っていると思う」と話していました。

 東京の84歳の女性は、「親しみがある俳優で、市原さんが出るテレビは安心して見ていた。私より少し若い方で、私が生きている間は楽しませてもらいたかった。残念です」と話していました。

 横浜市の51歳の女性は、「市原さんが声を担当していた『まんが日本昔ばなし』がすごい大好きで、ドラマなどでもよく見ていました。人として重みがある人がどんどん亡くなっていくのがさみしく思います」と話していました。
| 雑感 | 15:05 | comments(0) | trackbacks(0) |









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