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パラリンピック クロスカントリー男子 新田が金メダル

 ピョンチャンパラリンピックのクロスカントリースキー、男子10キロクラシカルの立って滑るクラスで、新田佳浩選手が金メダルを獲得しました。

 日本勢では今大会3個目の金メダルです。また、新田選手は男子1.5キロスプリントクラシカルの銀メダルに続き、今大会2個目のメダルです。

 クロスカントリースキー 男子10キロクラシカルの立って滑るクラスは、左右のスキー板を平行に動かす「クラシカル」の走法で滑り、障害の程度に応じて係数をかけたタイムで競います。

 8年前のバンクーバー大会のこの種目で金メダルを獲得した37歳の新田選手は、スタート直後に転倒しましたがすぐに立て直し、残りおよそ1キロでトップに立つとそのままリードを守り、24分6秒8で2位に8秒余りの差をつけてフィニッシュし、2大会ぶりの金メダルを獲得しました。

 日本勢では今大会3個目の金メダルで、新田選手は男子1.5キロスプリントクラシカルでの銀メダルに続いて、今大会2個目のメダル獲得です。

 このほか日本選手団最年少の17歳、川除大輝選手が10位、冬と夏合わせて4回目の出場となる佐藤圭一選手が11位、22歳の岩本啓吾選手が18位でした。

 銀メダルはウクライナのグリゴリー・ボブチンスキー選手、銅メダルはカナダのマーク・アレンツ選手でした。

◇新田「最後まで諦めずに滑れた」
 新田佳浩選手は、「自分自身に負けないために4年間やってきた。自分の力だけではなくて、スタッフやスタジアムの多くの観客が応援してくれ、最後まで諦めず滑ることができてよかった」と話しました。

 そのうえで、スタート直後に転倒するアクシデントがあった中でのレースになったことについて、「前半非常に苦しい中のレースだったが、気持ちを切り替えてしっかり滑ることができ、目標としていた金メダルを取れて非常によかった」と振り返りました。

◇妻の知紗子さん「世界でいちばん信じていた」
 新田佳浩選手の妻の知紗子さんは会場で祈るように滑りを見守り、金メダル獲得が決まった瞬間は顔を両手でおさえて泣き崩れました。

 そして、滑り終えた新田選手のほうへ近寄って、観客席から柵越しに手を伸ばして握手し、「おめでとう。おつかれさま」と声をかけていました。

 知紗子さんは、「私が世界でいちばん、金メダルをとると信じていました。本当に夢のようです」と目に涙を浮かべながら話しました。

 4年前のソチ大会のあとは、現役を続けるか続けないかで2人で1か月以上話し合った事を振り返り、「私は泣きながらやめてほしいと言いましたが、やりたいという本人の意志も強かったし、どうしても頑張りたいと言うので、私もそこで4年間、覚悟を決めようと思いました。世界でいちばん応援しているのは私だし、世界でいちばんの味方は私だよと彼に伝えてきました。お世話になった方の顔を思い浮かべて、その人たちのために頑張ろうねと声をかけてきました」と涙に声を詰まらせながら話していました。

 また、日の丸の大きな旗を振って応援した7歳の長男、大翔くんは、「かっこよかった。最初は遅れていたけど、最後は絶対勝たなきゃって思っていたと思う」と、父親の金メダル獲得にうれしそうに話していました。

◇亡き祖父に届けたかった金メダル
 クロスカントリースキー男子の新田佳浩選手は、岡山県出身の37歳。3歳の時、祖父が運転する農機具に巻き込まれる事故で、左腕のひじから下を失いました。

 父親の勧めで小学3年生からクロスカントリースキーを始め、初めて出場した1998年の長野大会以来、6大会連続の出場です。

 左右のスキー板を平行にして滑るクラシカル走法の技術は、世界でも指折りと言われ、2010年のバンクーバーパラリンピックでは、クラシカルの2種目で金を獲得しました。

 しかし、その2年後、祖父が亡くなり、「左腕のけがの責任を感じていた祖父に、金メダルをかけたいという思いが自分の原動力だった。何のために続けるのかわからなくなり、精神的に苦しかった」と、1年間は練習に身が入らず記録も伸びませんでした。

 ソチ大会は3種目に出場しましたが4位が最高で、一時は引退も考えました。

 しかし、その後、現役続行を決めた新田選手は、トレーニングを大きく見直し、おととしから国立スポーツ科学センターで、専門のトレーナーによる筋力トレーニングを始めました。

 以前の2.5倍の時間を費やしたトレーニングで、右足に比べて弱かった左足の筋力が上がり、37歳の今も成長の手応えを感じていました。

 そして、ピョンチャン大会では、14日の男子1.5キロスプリントクラシカルで銀メダルを獲得していました。

◇10位の川除「新田とレースに出られ成長 見習いたい」
 10位だった17歳の川除大輝選手は、「レース中盤に中だるみをしてしまったのでそこでもっとスピードを上げられれば順位も上がったと思う」と振り返りました。

 そして、この種目で金メダルを獲得した新田佳浩選手について、「一緒にレースに出られることが自分の成長につながっている。見習って自分も頑張りたい」と話していました。

◇11位の佐藤「結果の出せる選手になって戻りたい」
 11位だった佐藤圭一選手は「持てる力を出し切って走り終えたので、悔しい大会になったが最後はすっきり走れました」と振り返りました。

 そのうえで、「トレーニングメニューを変更して強くなるために試行錯誤してきたが、4年に1度の大会で自分のベストを出す難しさを改めて痛感したので、そこをクリアして結果の出せる選手になって戻ってきたい」と話していました。

◇18位の岩本「力は出し切れた」
 18位だった岩本啓吾選手は、「スキー板のワックスが合っていたので序盤はばっちり走ることができた。その後は雪が柔らかくなって難しかったが、何とか最後まで走ることができた。力は出し切れた」と話していました。
| 雑感 | 15:30 | comments(0) | trackbacks(0) |









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