<< October 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 議場に“子連れ”受け新規則 熊本市議会 | main | 川奈にて1 >>
孤立死で顕在化「8050問題」の悲劇
 ひきこもりが長期化すると親も高齢となり、収入が途絶えたり、病気や介護がのしかかったりして、一家が孤立、困窮するケースが顕在化し始めております。

 こうした例は、「80代の親と50代の子」を意味する「8050(はちまるごーまる)問題」と呼ばれ、家族や支援団体から早急に実態を把握するよう求める声が出ております。

◎82歳母親と52歳引きこもり娘が孤立死、顕在化する「8050問題」とは
 (3月8日 ダイヤモンド・オンライン 池上正樹)

◇極寒のなか母親と娘が孤立死「8050問題」をどうするか?
 80代の親が収入のない50代の子と同居したまま、外とのつながりが途絶えて孤立し、生きていくことに行き詰まる「8050」世帯の現実が、また顕在化した。

 札幌市のアパートの一室で、82歳の母親と引きこもる52歳の娘の親子が、飢えと寒さによって孤立死した姿で見つかったのだ。

 3月5日付の北海道新聞の記事によると、親子の遺体が見つかったのは、今年1月初めのことで、娘は長年引きこもり状態だったという。

 死因は、2人とも「低栄養状態による低体温症」で、1月6日、検針に来たガス業者が異変に気づき、アパートの住民が室内に入ったという。それぞれ飢えと寒さによる衰弱で、年末までに亡くなったと見られている。

 今回は、北海道新聞の丹念な取材によって、高齢化した「8050」親子の背景や課題が浮き彫りになった。しかし、このような悲劇はほんの氷山の一角に過ぎない。

 同紙の記事から、筆者が注目したキーワードを抜き出していくと――。亡くなったと推定される時期は、母親が「昨年12月中旬」、娘が「昨年末」。冷蔵庫は「空」だったが、室内には「現金9万円が残されていた」。

 親子は「週に1回だけ近所の銭湯に通っていた」。娘は昨年12月26日、アパート近くの自動販売機でスポーツドリンクを買い、「ペットボトルを抱えて何度もしゃがみ込み、ふらふらしていた」姿が目撃されている。

 母親がアパートに入居した1990年当時、「収入は年金だけ」で、「生活保護や福祉サービスは受けていなかった」。娘は学校を出てから就職したものの、「人間関係に悩んで退職し、ひきこもり状態に」なった。「障害者手帳や病院の診察券などは見つかっていない」ということは、診療を受けようとしなかったのか、受けたくても受けることができずにいたのかもしれない。

 「親子は近所づきあいを避け、周囲に悩みを漏らすこともなかった」

 母親と交流のあった女性が数年前から、生活保護を申請するようアドバイスを続けたものの、母親は「他人に頼りたくない」からと頑なに拒んだ。親子は、どこからも支援を受けることなく、未診療だった可能性も高い。

 母親の「他人に頼りたくない」という言葉は、「他人や社会に迷惑をかけてまで生きていこうとは思わない」からと、地域でこっそりと長期高齢化していく数多い「ひきこもり親子」の心情と重なる。

 なかなか長期高齢化が見えなかった背景には、親が引きこもる子どもの存在を隠してきた歴史がある。「引きこもりは恥ずかしいことである」と思い込み、世間に知られないよう生活する。その典型的な最近のケースが、大阪府の寝屋川市で起きた、親が30代の精神疾患の子を長年監禁して、死なせてしまった事件だろう。

 親が恥ずかしいと思っているうちは、子どもが行動するのは難しい。親が追い詰められれば、子どももますます動けなくなる。家族に隠されれば、地域には課題も見えない。元気なうちにセーフティネットにつながらなければ、親が弱ったとき子どもは生きていくことができなくなる。

 引きこもる当事者は、気持ちを言語化できないことも多く、この“声なき声”が行政にはなかなか届かない。

◇社会と繋がれないことで生きる希望を失ってしまう
 20年以上「引きこもり界隈」を取材し、当事者たちと話をしてきて感じるのは、これまで自分だけがつらい思いや不条理な目に遭っているのではないか、1人ぼっちなのではないか、などと悩み続けている人が多いことだ。

 ところが、安心できる場で同じような状況の仲間や、自分の役割などを認めてくれるような相手に出会い、自分が生きていることは恥ずかしいことではないのだと思った瞬間、自らの意思で動き出せたという話をたくさん聞いてきた。

 記事によれば、前述の親子の部屋には9万円ほどの現金が残されていたのに、娘は生きていくことができなかった。親が亡くなったとき、1人になった娘がどんな思いで生きていたのか。想像するだけで胸が痛む。生きようとする意志や情報があれば、そのつながりを頼って、誰かに助けを求めることもできたかもしれない。

 娘にとっては、お金などは福祉で何とかなるものの、自分が安心できる誰かとつながり、「生きているだけでも社会参加してるんだから」と、これまでの人生を肯定してもらわない限り、生きる意志など生まれようがなかったかもしれない。

 札幌市では来年度、「ひきこもり実態調査」における対象者の年齢上限を39歳から64歳に引き上げる方針だという。遅きに失した観はあるものの、内閣府が追加調査を行うのをきっかけに、全国の自治体では、従来39歳までだった「ひきこもり支援」対象者の年齢制限を、撤廃する流れが止まらない。

 以前から北海道内で、40歳以上の「ひきこもり実態調査」などを要望してきた当事者団体でもあるNPO法人「レター・ポスト・フレンド相談ネットワーク」の田中敦理事長は、こう語る。

 「残念ですが、まだまだひきこもりに対する理解は低く、彼らに抱かれるイメージは肯定的なものとは言えないです。そのため当事者は、ひたすら世の中で息を潜めて生き、大多数の人たちの枠組みに合わせていかねばならないのです。だから悩むのだと思います。引きこもりでも生きていける社会の実現を願いたいです」 

◇生きているだけでいいんだ「助けて」さえ言ってくれれば
 そのために大事なのは、まず孤立世帯の入り口である「家族への支援」だ。「生きてるだけでいいんだ」という空気を周囲に広めていかなければ、地域に数多く潜在化している当事者家族は、安心して「助けて」の声も出せない。

 引きこもり家族会の全国組織である「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」は、3月18日12時30分から、「“地域”から“ひきこもり長期高年齢化” を考えるシンポジウム」を大田区産業プラザPIO5階のコンベンションホールで開催。長期高年齢化に関する声明や調査結果を報告するとともに、地域の支え合いや交流が果たす役割、取り組みについて議論するという。

 京都府から助成金を受け、「40才からの居場所研究会」を運営しているNPO「若者と家族のライフプランを考える会」(LPW)の河田桂子代表は、「80代の親亡き後、それまで親の介護をしてきたケアマネージャーが、うずくまるように引きこもっていた60初頭の息子さんの面倒もそのまま見ている。運よくつながっていれば、たまたま残された子の面倒を見れるけど、それでも(介護を使える65歳になるまでは)ボランティアで動いている」のが現状だと明かす。

 「たまたま、そういう人が見つかって、ボランティアで動いていなかったら、この息子さんも生きていけないんだろうなって思うんです」

 ケアマネージャーは、こう話していたという。

 「こういう人をどこにつないだらいいかわからなかった。でも放っておけないので、病院の訪問看護などを使っている」

 設計上「働くことが前提」の中高年世代には、支援に入ろうにも「就労」以外の選択肢が想定されていない。潜在化していく「8050」世帯の問題は、「制度の谷間」に置かれているところに難しさがある。

※この記事や引きこもり問題に関する情報や感想をお持ちの方、また、「こういうきっかけが欲しい」「こういう情報を知りたい」「こんなことを取材してほしい」といったリクエストがあれば、下記までお寄せください。

 otonahiki@gmail.com(送信の際は「@」を半角の「@」に変換してお送りください)

 なお、毎日、当事者の方を中心に数多くのメールを頂いています。本業の合間に返信させて頂くことが難しい状況になっておりますが、メールにはすべて目を通させて頂いています。また、いきなり記事の感想を書かれる方もいらっしゃるのですが、どの記事を読んでの感想なのか、タイトルも明記してくださると助かります。

 (ジャーナリスト 池上正樹)
| 福祉・医療と教育 | 09:28 | comments(0) | trackbacks(0) |









http://blog.sato501.com/trackback/1088756