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小平と高木美帆 認め合う2人のエース メダル2つ獲得の背景は

 スピードスケートの女子1000メートルで、小平奈緒選手が銀メダル、高木美帆選手が銅メダルと日本勢が1つの種目で2つのメダルを獲得する快挙を達成した背景には、世界トップレベルの2人が、互いを認め合いともに成長をしてきた関係性があります。

 1000メートルは、小平選手が得意とする500メートル、高木選手が得意とする1500メートルのちょうど間の距離の種目で、日本の両エースはそれぞれの異なる強みをいかし、激しく競い合ってきました。

 1000メートルは、最初の200メートルのあと、1周400メートルのリンクを2周滑る種目で、速いスピードをどれだけ持続できるかがポイントです。

 小平選手の強みは、スタートからの圧倒的な加速力で、序盤からトップスピードで入り、残り1周までに大きな差をつけてそのまま逃げきるのが小平選手のレース展開です。

 一方、高木選手の強みは、スタミナをいかした滑りで、疲れが出てくる終盤でも大きくペースを落とさず、残り1周で追い上げます。

 14日、先にレースに臨んだのは高木選手でした。全16組中、14組に登場した高木選手は、残り1周までは全体の7番目でしたが、最後の1周を持ち味の粘り強い滑りで全体の2番目となるタイムで滑りきりました。

 そして、その直後にレースに臨んだ小平選手。序盤から加速してトップスピードに入った小平選手は600メートルを全体のトップで通過し、この時点で高木選手との差を0秒7ほどまで広げ、最後の1周ではスピードが落ちるも、その差を守り切りました。

 ともに、それぞれの強みを発揮し、メダルを獲得した両エース。

 レースのあと、高木選手は小平選手について、「専門とする距離は違うが、切磋琢磨できるライバルが近くにいることはありがたく、自分にとっていい影響があった」と、これまでの成長に小平選手の存在が欠かせなかったと明かしました。

 また、小平選手も、「高木選手がはい上がってくる姿を見て、自分自身も勇気をもらった。オリンピックで一緒に競いあうことができてうれしい」と、高木選手の力を認めました。

 それぞれが、相手の存在を認め合うことでともに成長し、勝ち取ったメダル。

 小平選手は、「もう1つ高いところだったら最高だった」と、2人での表彰台の位置が、2番目と3番目だったことに悔しさもにじませましたが、次は、それぞれ最後の1種目でいちばん高い場所を狙います。

 小平選手は18日に最も得意とする女子500メートルに、高木選手は19日に女子団体パシュートの予選に出場します。

 ここまで、スピードスケートでは5種目が終了し、すべてオランダ勢が金メダルを獲得していて、スケート王国としての強さを見せつけています。

 女子500メートルでは、この種目で2連覇中の韓国のイ・サンファ選手が、女子団体パシュートでは強豪オランダが立ちはだかります。

 レースのあと、「次はそれぞれのレースで金メダルを取れるように頑張ろう」と誓い合った2人。日本の両エースが、次は世界のライバルを相手に金メダルを獲得することを期待しましょう。

◎【平昌五輪】競い合う両エースが表彰台 女子1000メートル 「実力を出した」2位小平、「1500メートル以上に自分を褒めたい」3位高木美
 (2月14日 産経新聞 )

 韓国で行われている冬季五輪平昌大会は第6日の14日、スピードスケート女子1000メートルが行われ、世界記録保持者の小平奈緒(相沢病院)が銀メダル、高木美帆(日体大助手)が銅メダルを獲得した。高木美は1500メートル銀に続く今大会2個目のメダルとなった。

 日本が誇る両エースが、五輪の表彰台で仲良く肩を並べた。短距離得意の小平と中長距離得意の高木美。8歳差の2人が、冬季五輪の日本勢では2014年ソチ大会スノーボードハーフパイプで銀の平野歩夢と銅の平岡卓以来となる同時メダルの快挙。ソチ大会でメダルゼロに終わった日本スピードスケート陣の復権を強く印象づけた。

 小平が「しっかりと諦めずにゴールラインの先まで実力を出し切れたかな」と言えば、「1500(メートル)以上に自分を褒めてあげたい」高木美。表彰台の2人の笑顔は実力を出し切った充実感でみなぎっていた。

 2人は国内外問わずたびたび相まみえてきた。2009年12月、高木美が「スーパー中学生」と騒がれるきっかけとなったバンクーバー大会代表選考会。1500メートルを制した15歳と0秒05差の2位だったのが、日本のエースと呼ばれ始めていた当時23歳の小平だった。

 中学生と大人。まだライバルとはほど遠い関係だった。初出場したバンクーバー大会では、小平が1000メートルと1500メートルで5位に入ったのに対し、高木美は最下位の35位と23位。銀メダルを取った団体追い抜きは2人ともメンバーに選ばれていたが、高木美に出番は回ってこなかった。

 小平がバンクーバー後に路線を短距離中心に移したことで、中距離で頭角を現わしていった高木美と直接優勝を争う機会は減った。だが、ここ2シーズンは急激にそういった場面を目にすることが増えた。それも国内外の主要大会で、だ。

 ワールドカップ(W杯)で初めて同時に表彰台に立ったのは16年11月の長野大会。1000メートルで小平が2位、高木美が3位に入った。高木美にとってはマススタート以外で表彰台に立つのは初めてだったが「勝てなかったのが悔しい」。対抗意識の方が先に来ていた。

 対決は意地のぶつかり合いに変わる。短距離なら小平、中距離は高木美。力が拮抗する1000メートルの争いは熾烈を極めた。昨年12月のW杯第4戦では、同走のレースで小平が世界記録を樹立。敗れた高木美は「同走の世界新は悔しい」と悔しさを前面に出していた。

 「追える選手がいるのはありがたい」と話す高木美に、「認め合い、高め合っていきたい」と小平。美しいライバル関係にある2人は、並んで五輪の表彰台に立った。

 それでも、金メダルを逃した小平は「今回のことはもう忘れて自分の得意な500メートルに集中していきたい」ときっぱりと語り、次への戦いに向け、気持ちを切り替えていた。
| 雑感 | 01:08 | comments(0) | trackbacks(0) |









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