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メダリスト、それぞれにドラマが
 スピードスケート女子1500メートル銀メダルの高木美帆選手、スキージャンプ女子ノーマルヒル銅メダルの高梨沙羅選手、スキーフリースタイル男子モーグル銅メダルの原大智選手、三者三葉のドラマがあり感動がありました。

◎高木 銀メダルは「自分のレースに徹する」と意識した成果
 スピードスケートの高木美帆選手が、女子1500メートルで銀メダルを獲得できたのは、相手に惑わされた2日前の3000メートルの反省から、「自分のレースに徹する」と強く意識した成果でした。

 8年ぶりのオリンピックの舞台でメダルが期待されながら、5位に終わった2日前の3000メートル。高木選手は、同走のオランダの選手にペースを惑わされたことを反省し、「自分のレース展開に自信を持ちたい」と悔しさをにじませていました。

 そして、臨んだ最も得意な1500メートル。1500メートルは、最初の300メートルのあと1周400メートルのリンクを3周滑る種目でスピードと持久力の双方が求められます。

 高木選手の強みは、圧倒的なスタミナと鍛え上げた脚力から発揮されるスピードで、ペースを安定させ、疲れが出てくる終盤でも大きくペースを落とさずにフィニッシュできます。

 同走のアメリカの選手はこの種目の世界記録保持者。序盤から速いスピードで飛ばすのが特徴で、高木選手は700メートルで0秒5のリードを奪われます。この時のタイムは、全体の6位。それでも、「相手は気にしなかった」と自分の滑りだけにこだわった高木選手は、ペースを乱しません。

 次の1周のラップタイムは29秒65。そして最後の1周は持ち前の粘り強い滑りを発揮し、全体の2番目のスピードで30秒87。ペースを大きく落とさない安定した自分の滑りをついに発揮し、銀メダルを獲得したのです。

 オリンピックという独特の雰囲気の中で、2日前のレースの反省をすぐにいかし、メダルを獲得するのは簡単なことではありません。代表になれなかった4年前の悔しさから、これまでの間、自分の滑りを考え抜き、自分を信じられるまでに成長したからこそ到達した価値ある銀メダルです。

 それでもレースのあと、「反省をいかすことができたいいレースだったが、悔しさもある」と、金メダルに届かなかったことに悔しさを見せた高木選手。14日はこの種目の世界記録を持つ短距離のエース、小平奈緒選手とともに、今大会3種目めとなる1000メートルに出場します。高木選手はこの種目で、今シーズンのワールドカップで3回、2位になっていて、再び自分の滑りをして、2つ目のメダル獲得が期待されます。

◎高梨 仲間とつかんだのは“金と同じ価値あるメダル”
 4年間の努力が結実した銅メダルでした。ピョンチャンオリンピックのスキージャンプ女子ノーマルヒルで初めてのメダルを手にした高梨沙羅選手。メダルの色は目標にしていた「金」に届きませんでしたが、この日のために汗を流した仲間もともに喜ぶ金と同じ価値のあるメダルでした。

 前回のソチ大会で4位に終わり、悔し涙を流した日から4年、「悔しさを晴らしたい」と臨んだ舞台は、氷点下11度の寒さに強風がめまぐるしく吹きつける厳しいコンディション。それでも午後7時半ごろ競技会場に到着した高梨選手は落ち着いた表情。いつものルーティーンで黙々と試合に向け準備する姿に、4年間、やるべきことはすべてやりきったという覚悟を感じました。

 1回目のジャンプでは、高梨選手の直前で強風が吹きつけ試合が5分以上中断。毛布を巻き、暖房の前で小刻みに体を動かしながら順番を待ちました。厳しいコンディションの中飛んだジャンプは、103メートル50。トップと5.1ポイント差で3位につけました。

 金メダルを狙える位置で2回目のジャンプに向かう高梨選手を会場に詰めかけた日本のファンも後押し。

 「まだ行ける!」「逆転できるぞ!」「頑張れ!」

 その声に高梨選手は頭を下げて応え、最後の戦いに歩みを進めました。

 運命の2回目。冷たい雪が降り始め、1回目よりさらに不規則な風も吹きました。大歓声の中、最後から3人目に飛んだ高梨選手。どんな厳しい状況にさらされてもそこには「自分を信じることができなかった」4年前とは違う姿がありました。

 「この4年間やってきたことが最後に1番いい形になった」

 1本目と同じ103メートル50。会心のジャンプを2本そろえた高梨選手。試合で滅多に見せないガッツポーズが自然と出ました。

 飛び終えた高梨選手に真っ先に駆け寄ったのが伊藤有希選手でした。4年前、高梨選手と「またオリンピックの舞台に2人で戻ってこよう」と誓い合い、悔しさや苦しみをともに分かち合った仲間でもありライバル。会心のジャンプを見せた高梨選手を抱きしめると、日本チームの全員も集まり、自分のことのように喜びました。

 試合後の取材、高梨選手はすがすがしい表情で、「チームのみんなが待っていてくれたことがうれしかった」と話すと、こらえていた涙が止まりませんでした。

 高梨選手の銅メダルは“日本チームの勝利”と言える金と同じ価値のあるメダルでした。この4年間を「ソチの悪夢を見ていた」と話していた高梨選手。必要以上にみずからを追い込み、本来の力を出せなかった前回の4位から、大きな成長を遂げた姿を示しました。

 そして、取材の最後に「ソチの悔しさは返せたのでまた金メダルをとりに戻って来たい」ときっぱり。すっきりとした笑顔に戻って語る姿に、4年後、新たな目標に向かう強い決意が見えました。

◎原がつかんだ銅メダル 同い年のライバルとの競い合いを糧に
 ピョンチャンオリンピック、日本勢で最初のメダルを獲得したのはスキーフリースタイル、男子モーグルの20歳、原大智選手でした。同い年のライバル、堀島行真選手に注目が集まる中、悔しい思いを糧に手にした銅メダルです。

 「行真が世界選手権を取って、僕がオリンピックを取るんだと思っていた」

 銅メダルを獲得した直後、目に涙を浮かべながら原選手が発したのはこの言葉でした。去年3月、同い年の堀島選手が世界選手権で優勝し、一躍、注目を集める存在になりました。その大会で、原選手は体調不良のために欠場。スタートラインに立つことすらできなかった悔しさを胸に、ピョンチャン大会を目指してきたのです。

 原選手の最大の持ち味はミスのない正確な「ターン」。一方で課題は「エア」でした。難度の高い「エア」を得意とする堀島選手に比べて得点が伸び悩み、国際大会で表彰台に立つことすらできていませんでした。課題を克服するため、原選手は去年の秋ごろから空中でスキーの先端などをつかむ技を加えて技の難度を上げようと練習に取り組んできました。

 しかし、今シーズンのワールドカップの成績は9位が最高で、出場した6つの大会のうち3回は予選落ちしていました。一方の堀島選手は難度の高いエアを決めて先月のワールドカップでも優勝しピョンチャン大会でのメダル候補として期待が高まっていました。

 そうした中で迎えた今大会。こぶが大きく、雪面も固いためにコースが非常に難しく、ターンが乱れて大きく減点されたり、途中で転倒したりする選手が相次いでいました。

 迎えた準決勝、堀島選手はターンの乱れからエアの着地に失敗し、途中棄権しました。一方の原選手、ターンでは乱れることはなく、課題だったエアでも板を空中でつかむ技をきっちり決めて決勝進出を決めました。

 「ミスをする気がしなかった」という原選手。続く決勝でフィニッシュした瞬間にはガッツポーズが飛び出しました。銅メダルを獲得した原選手は「今までつらかった。やっと報われたんだなと思った」と涙を見せました。

 一方、棄権した堀島選手は「絶対、次の4年頑張って次は自分がメダルを取る」と雪辱を誓っていました。

 ライバルに先を越された原選手はつらい思いを糧にモーグルの日本の男子選手で初めてのメダリストとなりました。原選手と、堀島選手。20歳の2人がこれからも競い合っていくことで日本の男子モーグルのレベルを大きく引き上げていくことを予感させるメダル獲得でした。
| 雑感 | 08:58 | comments(0) | trackbacks(0) |









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