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こどもホスピス設立へサミット
 子どものホスピスに明確な定義はないとされ、終末期ケアに限らず、重い病気をもった子どもが一時的に身体や心のケアを受けられる場所を指すこともあるそうです。

 文部科学省の調査では、2014年5月時点で、全国の公立特別支援学校には、日常的に医療的ケアが必要な子どもが約8千人います。厚生労働省の調査では、9歳以下の子どもの訪問看護の利用が増加傾向にあり、重い病気の子どもや家族を支援する施設の必要性を示しています。

 国立成育医療研究センター(東京都)には、寄付をもとに作られた重い病気を持つ子どもと家族を支える施設「もみじの家」ができ、今春から受け入れを始める予定で、患者や家族の短期利用を想定しています。

 将来的には終末期の患者の受け入れも検討しているそうで、同センターの賀藤均病院長(58)は「同様の施設を全国に広げるため、運営を持続するための制度のあり方などを国に提案できれば」と言います。

◎こどもホスピス:設立へ2月に初めての「サミット」
 (2018年01月06日 09:33 毎日新聞)

◇小児がんで次女亡くした川崎市の田川さん企画
 重い病気を患う子どもと家族のための専門支援施設「こどもホスピス」設立の取り組みを国内で広めようと、初めての「全国こどもホスピスサミット」が2月、横浜市で開催される。企画したのは、小児がんで次女を亡くした川崎市の田川尚登さん(60)。末期になっても家族との「普通の毎日」を望んだ次女を思い、地域に根付くホスピスの開設計画も横浜で進めている。

 次女はるかさんは6歳だった1997年、治療法が確立していない悪性脳腫瘍「小児脳幹部グリオーマ」を発症した。「余命半年」と告げられた時、田川さんは「一日でも長く生きてほしい」と願い、治療法を探すことで頭がいっぱいだった。

 一方、はるかさんは、家族との「普通の時間」を過ごしたがっていた。病室で幼稚園の友達のことなどを熱心に話した。田川さんの頬にチュッとしたまま体を離さず、面会時間が終わると泣いた。容体が悪化するなか、家族4人で訪れた千葉・房総では、右半身のまひで右足を引きずりながらも海が見える花畑を歩き回って喜んだ。

 最後は自発呼吸が止まり、人工呼吸器を2週間で外した。つながれた管に血がにじんでいたのを見た田川さんが「苦しいから、外してという意思表示に見えた」と決断した。

 「もっと話を聞いてあげれば良かった」と自らを責めるなか、「短い一生でも、何か伝えたくて生まれてきたはず」との思いが募った。印刷会社に勤める傍ら、2003年に難病の子どもと家族を支援するNPOを設立。そして、こどもホスピスの設立を思い立った。「日本では小児の緩和ケアが行き届いていない。これを伝えることが娘の使命だったのではないか」。20年に横浜市で開所を目指しているホスピス。NPOが運営する施設の計画が具体化した時、「親子で一つのことをしている」気になれた。

 2月11日に横浜市中区の県立かながわ労働プラザで開催するサミットには、大阪や東京のこどもホスピスの関係者のほか、新生児医療や脳神経外科に携わる医師らも参加する。それぞれの体験談などを報告し、語り合う。

 田川さんは各地で設立されることが「命を脅かされている子どもと家族が、それぞれの地域で安心して暮らせる社会づくりにつながる」と考える。問い合わせは田川さんが代表理事を務めるNPO法人「横浜こどもホスピスプロジェクト」(090・1432・7694)。【宇多川はるか】

◇こどもホスピス
 1980年代に英国発祥の、難病や障害で療養する子どもと家族が家庭的な環境でケアを受けながら過ごす施設。医療、福祉、教育の専門家、ボランティアらが支え、子どもたちが遊びを体験したり家族が休息したりしながら充実した時を過ごす。国内では大阪で6年前に淀川キリスト教病院が開設したのを皮切りに、昨年には大阪、東京でも設立され、横浜のほか北海道や福岡でも開設を目指す団体が発足している。
| 福祉・医療と教育 | 17:08 | comments(0) | trackbacks(0) |









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