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福井 男子中学生自殺 校長が退職願を提出
 ことし3月、福井県池田町で男子中学生が自殺した問題で、中学校の校長が遺族などの不信を招いた責任を取りたいとして退職願を提出したことが町の教育委員会への取材でわかりました。

 教育委員会は、校長らの処分を検討しているため退職願を受理せず、自宅待機させているということです。

 福井県池田町の町立池田中学校の2年生だった当時14歳の男子生徒は、ことし3月、校舎から飛び降りて自殺し、町の教育委員会が設置した第三者委員会は、担任や副担任から繰り返し厳しい指導を受け、追いつめられて自殺したとする調査報告書を今月公表しています。

 池田中学校の堀口修一校長は、生徒が自殺した当日の記者会見で原因について、「わからない。知らなかった」などと説明していましたが、調査報告書では、以前から担任が大声で叱る場面を目撃していたとされ、「管理職としての職責を果たしたとは言えない」と指摘されていました。

 こうした中、堀口校長が、遺族や保護者に不信と混乱を招いた責任を取りたいとして、19日、退職願を提出したことが町の教育委員会への取材でわかりました。

 教育委員会は現在、校長らの処分を検討中のため退職願を直ちに受理せず、自宅待機させているということです。

 池田町教育委員会の内藤徳博教育長は、「関係者の皆様の混乱を招くなどしたことにおわび申し上げます」と話しています。

◎中学生自殺 母親手記「教員のイジメで尊い命失った」
 福井県池田町で男子中学生が自殺した問題で、生徒の母親は学校の保護者会で紹介された手記の中で、「教員による陰険なイジメで尊い命を失ったと感じている。すべての子どもたちが大人の間違った教育で曲げられてしまってはいけない」と苦しい思いをつづっていたことがわかりました。

 福井県池田町の町立池田中学校の2年生だった当時14歳の男子生徒はことし3月、校舎から飛び降りて自殺し、町の教育委員会が設置した第三者委員会は担任や副担任から繰り返し厳しい指導を受け、追いつめられて自殺したとする調査報告書を今月15日公表しました。

 公表に合わせて開かれた保護者会では、生徒の母親の手記が紹介され、この中で、「『真実が知りたい』と思っていた私達に対し、学校、教育委員会の対応などは不信感と憤りを感じずにはいられませんでした。罵倒するような発言、人権を侵害するような発言も多々あったと聞いています。『教員による陰険なイジメ』で尊い命を失ったのだと感じています」と、学校側の対応を厳しい言葉で批判していたことがわかりました。

 そのうえで、「小さな町で消えてしまった大きな大きなかけがえのない命を軽視しないで下さい。すべての子ども達が大人の間違った教育で、曲げられてしまってはいけないのです。子ども達がまっすぐ生き生きと教育を受けることのできる学校を作っていただけたらと切に願っています」として指導に追い詰められて死にいたったことを忘れず、教育の在り方を見直してほしいという思いもつづられていました。

 池田町の教育委員会では、学校側の対応に問題があったとして今後、再発防止に取り組むとしています。
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福井・中2自殺 担任「手加減している」
 自己保身の嘘は直ぐにばれます。教員の職務に対する倫理観はどうなっているのでしょう。担任は何をもって「手加減」と言っているのでしょうか。

◎福井・中2自殺:校長や教頭が叱責やしつこい指導目撃
 (10月18日 毎日新聞)

◇校長は記者会見では「把握せず」 調査委の報告書で判明
 福井県池田町の町立池田中学校(生徒数40人)で今年3月、2年の男子生徒(当時14歳)が校舎3階から飛び降り自殺した問題で、生徒が担任から大声で叱られたり、副担任から理詰めでしつこく指導されたりしている場面を、校長や教頭が目撃していたことが分かった。

 毎日新聞が入手した有識者による調査委員会の詳細な報告書で判明した。調査委は「問題意識を持っておらず、管理職としての職責を果たしたとは言えない」と厳しく断じている。堀口修一校長は15日の記者会見で「(報告がなく事態を)把握していなかった」と述べていた。

 報告書は9月26日付で57ページ。それによると、校長は男子生徒が3月上旬から朝のあいさつ運動に来なくなったことに気づいており、校長も教頭も担任が大声で男子生徒を叱る場面を見たことがあった。

 教頭は副担任の男子生徒に対する指導を何度も見ており、指導の融通の利かなさを認識していた。これらの事実から調査委は「男子生徒が担任と副担任から指導・叱責される状態が続いており、問題がないか疑問を持つのは自然。報告がなくとも実情を調査すべきだった」としている。

 また、担任や副担任による指導・叱責は職員室でも行われ、特に担任の大声での叱責は他の教員も認識していた。担任に「そんな強い口調で言わないといけないのか」と聞いたり、「指導が伝わっていない」と心配したりする教員もいたという。

 大声での指導について担任は同僚に「それだけ(生徒に)言わないと分からない」と話し、「指導方法を考えないといけない」と指摘を受けても「手加減している」と発言していた。

 報告書は、担任や副担任のこうした叱責による精神的なストレスなどが自殺の原因となったと認定している。

 自殺後の学校の対応についても検証。直後は遺族に十分な説明がなかったが、自殺から13日後に校長が遺族のもとを訪れ、「学校で起きたことは私の全責任」と謝罪したとしている。

 男子生徒の自殺を受け、県教委は17日、敦賀市で緊急の研修会を開催。県内の国公立学校の校長ら約650人が参加し、冒頭で黙とうした。

◎福井 男子中学生自殺報告書全文に書かれていたこと
 (NHK 10月17日 19時21分)

 ことし3月、福井県池田町で男子中学生が自殺した問題で、NHKが入手した、町の教育委員会が設置した第三者委員会の報告書の全文には、男子生徒が優しい子だったという評判のほか、亡くなる前に、周囲に死にたいと話していたことなど、公表された報告書の要約には書かれていない内容も記されていました。

◇「優しい子」という評判
 報告書の全文では、冒頭部分に亡くなった男子生徒について、「宿題を忘れることが多かった」などと記す一方で、「ほかの生徒が嫌がる場所を掃除したり、伴走ボランティアで、いすに座ったランナーに腰を低くして接するなど、優しい子だった」という教師からの評判が書かれています。そのうえで、具体的な経緯について、次のように記しています。

◇1回目の登校渋り
 男子生徒が最初に登校をいやがったのは、去年の5月26日でした。生徒は「学校に行きたくない」と話し、その理由について「副担任が宿題の未提出の理由を言い訳だとして聞いてくれない」などと述べたため、母親は学校を休ませました。

◇身震いするほど怒られる
 男子生徒は、後期に生徒会の副会長に選ばれました。10月9日、池田町で開かれたマラソン大会で生徒は伴走ボランティアの実行委員長に立候補して選ばれましたが、大会当日のあいさつの準備が遅れたことなどを理由に校門の前で担任に大声でどなられました。

 見ていた別の生徒は「聞いている人が身震いするくらい怒っていた。すごい怒っていた。かわいそうだと感じた」などと話しています。

 報告書の全文には、怒られている時に男子生徒が担任の目を見て黙っていたという様子も記されています。

◇土下座しようとする
 11月18日、男子生徒は課題が未提出だったため、副担任から呼ばれました。生徒は提出が遅れたのは生徒会や部活動のためだと説明しましたが、副担任は「宿題ができないなら、やらなくてよい」と言い、生徒は「やらせてください」と話して土下座しようとしました。生徒は、そのあとトイレに入ったまましばらく出てきませんでした。

◇担任「お前辞めてもいいよ」と叱責
 ことしの1月か2月ごろ、男子生徒は、毎月1度開かれていた生徒会の日に職員室の前で担任から「お前辞めてもいいよ」と大きな声で叱責されました。その原因は明らかになっていないとしています。

◇忘れ物で怒られる
 男子生徒は生徒会の役員として、卒業生を送る会の企画や運営を行う立場で合唱の練習では歌詞カードをほかの生徒に配る担当でした。

 しかし2月上旬ごろ、男子生徒が歌詞カードを忘れ、練習ができなかったため担任から強い叱責を受けました。見ていた生徒は「言い方がひどかった」、「男子生徒は下を向いていて暗い感じだった」と話しています。

◇2回目の登校渋り
 ことし2月21日、男子生徒は「学校に行きたくない」と話し、母親から担任に連絡がありました。生徒は「国語の宿題の件で副担任から怒られた。副担任は何を言っても言い訳と決めつける。担任にも未提出物について強く怒られた。どうしていいかわからない」と話しました。

◇早退を申し出「学校で嫌なことあった」
 3月6日、男子生徒は担任から課題の未提出について指導を受けました。生徒は保健室に来て「学校で嫌なことがあったので早退したい。理由は言いたくない」などと話しました。

◇3回目の登校渋り
 その翌日の3月7日、男子生徒は朝、起きると母親に「学校に行きたくない」と訴えました。母親がその理由を尋ねると生徒は「僕だけ強く怒られる。どうしたらいいのかわからない」と泣きながら話しました。

◇過呼吸を訴えるも、担任は放置
 3月13日、男子生徒は副担任に「宿題を出せません」と話しました。副担任がその理由を聞くと生徒は泣き出し、過呼吸だと訴えました。副担任は担任に家庭に連絡するかどうか相談しましたが、担任は報告の必要はないと考え、連絡をしませんでした。

◇転落死
 その翌日の3月14日、男子生徒は午前8時ごろに登校しましたが、その後、敷地内で倒れているのが見つかり死亡が確認されました。

◇「死にたい」と漏らす
 報告書の全文では、男子生徒がみずから死を選ぶような様子について、家族が事前には全く感じなかったという話が紹介されている一方で、時期や内容を明らかにできなったとしたうえで、男子生徒が周りの生徒たちに「自分から死にたい」と言っていたとか、「ずっと死にたい」と話していたという報告が寄せられていることも記されています。
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高速に誤進入、目立つ若年層
 高速道路への誤進入は高齢者が多いと思ってましたが、若年層の誤進入が目立ち、20代が最も多いとの事です。その原因は、スマートフォン用の道案内ソフト(ナビアプリ)の誤誘導だそうです。

◎高速道路に誤進入、目立つ若年層 原因はナビアプリか?
 (2017年10月15日 19:36 朝日新聞デジタル)

 歩行者や自転車などが高速道路に誤って進入するトラブルが昨年度3678件あり、5年前よりも約4割増えていることがわかった。近年、若年層の誤進入が目立つ。国土交通省は、スマートフォン用の道案内ソフト(ナビアプリ)が誤誘導したケースが多いとみて、業者に改善を求めた。

 国交省によると、誤進入は2011年度は2598件だったが、14年度3338件、15年度3501件、16年度3678件と年々増加。半数は歩行者で、原付きバイクが約3割、自転車が約2割を占める。

 高齢者の認知能力の低下による誤進入が多いと思われがちだが、50歳以上の誤進入が11年度から16年度で約1.3倍に増えたのに対し、50歳未満の件数は約2.2倍に増えている。

 2011〜2016年度の合計数を年代別に比べると、最も多いのは20代の3345件だ。次いで70代の3101件、60代の1649件、10代の1580件、30代の1542件となっている。

 誤進入の要因の一つに、急速に普及しているナビアプリの存在がある。

 首都高速道路では、誤進入の約17%はナビアプリが原因との昨年度の調査結果もある。アプリは多数の種類があり、無料でダウンロードできるものも多い。

 使用者が使い方を間違って、自動車向けの設定で利用したケースがあるほか、歩行者用に設定しているのに高速道路に誤誘導してしまうアプリもあるという。

 このため国交省と警察庁は7月、アプリの開発業者に対し、歩行者らを自動車専用道路や高速道路に案内しないよう求めた。

 同省のホームページ上でも周知し、利用者側へも注意を促している。高速道路各社も、出入り口に歩行者や自転車の進入を禁じる看板や警告灯を取り付けるなど、対策を進めている。
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【NHK過労死】両親が初めて語った「NHKへの不信感」と「亡き娘への思い」〈会見詳報〉
 NHKは、4年余りにわたって公表しなかった理由について、「代理人から、ご両親は公表を望んでいないというふうに聞いていた」と説明していました。

 また、「労災認定後に(佐戸さんが所属していた)首都圏放送センターの責任者がご自宅を訪問したとき、謝罪を申し上げたと認識していた」とも説明していました。

 しかし、両親は「両親が公表を望んでいないという事実はない」と反論し、両親の代理人の川人博弁護士も「私が公表しないでほしいと言ったことはない」と述べております。

 また、首都圏放送センターから受け取った文書の一部に言及し、「哀悼の意を表す(とは書いていたが)、一言のおわびも記載されていない」と指摘しております。

 NHKが4年も経過して公表した意図は何だったのでしょうか。

◎【NHK過労死】両親が初めて語った「NHKへの不信感」と「亡き娘への思い」〈会見詳報〉
 (10月13日 「文春オンライン」編集部)

 2013年7月、NHKの記者、佐戸未和さん(享年31)が、過労によって心不全で亡くなった。未和さんの死から4年。両親が10月13日に厚生労働省記者クラブで会見を開き、初めてその心中を語った。

◆◆◆ 

 佐戸未和の父です。

 私たちの長女、佐戸未和の過労死については、10月4日にNHKから公表があり、各メディアからNHKの発表内容に基づいた報道がされてきました。

 しかし、私たちの思いが正確には伝えられていないことや、事実誤認もありますので、未和と同じ記者の皆様には、私たち夫婦の口から、直接お話をさせていただいたほうがよいと考えて、本日お集まりいただきました。

 本日まず、お話しするのは、娘を過労死で喪った両親の思いということで、9月26日に、私と妻がNHKの幹部の方にお話をしたものです。一部は、NHK公表後の両親のコメントとして既に出しております。

 未和は、NHKを恨んで死んだわけでもなく、憎んで亡くなったわけでもありませんが、記者として自分の過労死の事実を、NHKの中でしっかり伝えて再発防止に役立ててほしいと天国でも望んでいると私たちは信じています。

◇NHKに感じた不信感
 私がNHKでお話をしたことは4点ほどございます。

 まず1点目は、4年前の未和の過労死の事実をどうして今表に出すのか、という点。2点目は、労災を申請した当時の私たち夫婦の心情、3点目は、未和の急死の連絡を受けた当時の状況、最後に、未和の長時間労働の過労死の発生原因について、私たちの思いということについてお話しをしました。

 まず1点目ですが、4年前の未和の過労死の事実をどうしていま表に出すのか、という点です。NHKの局内で、未和の過労死について、きちんとしたけじめがつけられていないと考えていました。このままでは、NHKの記者であることに、誇りと愛着をもって職責を全うして倒れた未和の足跡がNHKには何も残らず、過労死の事実も捨てられたまま、いずれ風化し、葬り去られるのではないかという危機感がありました。

 我が家には毎年、未和の命日、7月24日ですが、この時期の前後にかけて、未和と親交があった多くのNHKの方々が焼香に見えますが、その方々から、未和の過労死の事実が、きちんと局内で継承として伝えられていない、NHK内部の働き方の改善や、制度改革の背景に何があったのか、共有も伝承もできていないという声をたくさん聞きました。

 私達夫婦は、未和はNHKの働き方改革のための人身御供になったと思っていますが、NHK内部では、初めての記者の過労死であり、不名誉な案件として表に出さない方針にしているのではないか、また一般社員を守る立場にある組合も、黙っているのは何故か、これに加担しているのではないか、と疑念を持っておりました。未和の過労死が、どうして起こったのか。NHK内で、しっかり自己検証もされておらず、誰も責任をとっていないのではないかと感じています。

 未和の過労死をNHKの中で、伏せるのではなくて、ちゃんと出して、NHKの働き方改革推進の礎になっていることを社内の皆さんに知ってほしい、それが、未和がNHKで働いてきた証となり、社内での過労死の再発防止にも繫がると思うようになりました。

 一方で、かけがえのない長女を、過労死で突然亡くした私たち夫婦に、NHKは真摯に向き合っていない。親の心情に配慮もしてくれていないという、不信感もありました。電通事件を始め、長時間労働による過労死問題については、社会の目は厳しくなっており、NHKでもニュースや、特番を組んで、社会の木鐸として世の中に警鐘を鳴らしていますが、NHKは自らに起こったことは棚上げしたままではないかと、私たち夫婦は怒りの目を向けていました。過労死関係のニュースや、番組の制作、放送の現場で、実際に取材や、編集や、解説等にあたっている方々が、自分の会社の記者が過労死で命を落としている事実も知らない。自らの襟もたださずに、報道や解説をしている姿を、私たち夫婦がどんな思いで見ているか、想像をしていただきたいと思います。未和の過労死を、NHKは決して忘れず、遺族の心情に寄り添ってくれていると私たちが感じたことはありません。

 未和が亡くなって4年経ちますが、労基署による労災の認定後も、NHKから謝罪の一言もありません。社員の過労死にたいして、誰もお咎めなしということは、普通の会社や組織ではありえないと思いますが、NHKでどなたか責任を取られたのか、何か処分があったのか。私たちは何も知らされていません。

 未和の命日でさえ、今年は、私たちから連絡をするまで、NHKの職制からは無しのつぶてでした。なぜ今頃表に出すのかという私たちの気持ちをご理解いただけたら幸いです。

◇未和の勤務表を見たとき、私は泣きました
 次に、労災を申請した当時の私たち夫婦の心情です。

 2013年10月に、渋谷労基署に正式に未和の労災申請を出しましたが、その中に、私の陳述書があり、最後のページに当時の思いを記しています。そのまま読ませていただきます。

〈未和が産まれたのは、私が31歳のときでした。結婚し、最初の子どもである未和が産まれ、人生今から、と高揚感に溢れていました。その同じ31歳で、未和は突然、この世から去ってしまいました。道半ばに達することもなく、人生を絶たれた未和の無念さ、悔しさを思うと哀れでなりません。

 親として、わが子を守ることができなかったという深い後悔の念に苛まれながら、なぜ未和が突然死んだのか、何か予兆はなかったのか、避ける手立てはなかったのかと、美和の遺影と遺骨に問いかける毎日です。

 私は未和からNHK入社後の最初の赴任地である鹿児島、その後に異動した首都圏放送センターでの記者としての気分はどういうものか、よく聞かされていました。機械メーカーで長年営業に携わってきた私のような一般の会社員の感覚からすると、24時間臨戦態勢のような記者の勤務は、肉体的にも、精神的にも「過酷」の一語につき、生活も不規則で、あの小さな体でよく頑張っているなといつも感心していました。

 未和はハードな生活にほとんど弱音を吐かず、周囲も優しく接しながら、自分で選んだ仕事に誇りを持って、記者としてのキャリアを一歩一歩積み上げていました。私は未和にエールを送りながらも、一方で、未和が記者という仕事に、必然的に伴う不規則な生活を長いあいだ続けることで、身体や健康が蝕まれることを、親として非常に心配していました。未和には会うたびにわが身の健康第一、命よりも大事な仕事などこの世にはないことをくどいほど伝えてきたつもりです。

 そのため、未和も自分の身体や健康には留意していましたが、これまで酷使してきた身体には、澱のように疲労が蓄積していたのだと思います。NHKが総力を挙げた平成25年の夏の都議選、参議院選の選挙取材では、未和は都庁クラブで一番の若手であり、独身で身軽なため、それこそ寝る間を惜しんで駆け回っていたようです。

 後日、NHKから提示された未和の勤務表を見た時に、私は泣きました。待ったなしの選挙取材で、時間に歯止めがなく、土曜も日曜もなく、ほとんど連日深夜まで働いており、異常な勤務状況でした。疲労困憊していようが、体調が悪かろうが、途中で戦線離脱などできるはずもなく、自分の身体に鞭打ちながら、とにかく選挙が終るまで、突っ走るしかなかったのかもしれません。

 これまで、無理を重ねてきた身体に、夏の選挙取材中の過剰勤務が決定的なダメージを与えたのではないかとの思いを、拭いきれません。未和は短い人生を駆け抜けるようにして逝ってしまいましたが、親として、未和の急死をもたらしたものが何であったのかを知りたい、今年(※当時)の夏の異常な勤務時間との因果関係を明らかにしたいという一念で今回労災申請をすることを決意しました〉。

◇毎日のたうち回るような日々が続いた
 次に、未和の急死の連絡を受けたときの私たちの状況です。

 未和が亡くなった2013年7月24日当時、私はブラジルのサンパウロに駐在していましたが、9月の早々には正式に帰任が決まっていたために、後任への引継ぎや挨拶回りなどに追われていました。現地時間の7月25日の午後2時半頃、日本時間の7月24日の深夜2時半ですが、首都圏放送センター・都庁クラブのキャップの方から、私の携帯に直接電話があり、未和死亡の連絡が入りました。

 原因も死因も不明で、状況も分からず、錯乱状態になっている妻を引きずるようにして最短便で現地を発って、2日後の7月27日にようやく日本に戻り、変わり果てた未和に対面しました。夏場で遺体の損傷も激しいために、翌々日に葬儀をすませ、後始末をした上で、放心状態が続いている妻は、次女と長男に託して一旦私はサンパウロに戻り、9月4日に正式に帰国をしました。

 12年にわたる長いブラジル駐在を終えて、帰国直前に、かけがえのない娘を突然奪われた自分の運命と天を呪いました。家内は私と、私の会社を恨み、夫婦ともども、未和を喪った喪失感と悲しみと苦しみに、毎日のた打ち回るような日が続きました。

 現地にいた私と未和とは、電話やメールでよく近況を連絡しあっていましたが、6月26日の未和の誕生日に、私が打ったメールに対して、今までめったに弱音を吐いたり、泣き言を言わなかった未和が初めて、弱気になっているメールを送ってきました。内容をご紹介しますが、未和の勤務記録に記載されている、当時の勤務時間と照らし合わせると、へとへとになっていたのだなと、後日分かりました。

◇「1日に1回は仕事を辞めたいと思う」
 未和のメールです。

〈パパへ。メールありがとう。なかなか悲惨な誕生日だったけど、なんとか体調も戻ってきたよ。都議選も終ったけど、もう1ヶ月もしないうちに参議院選。それが終ったら、すぐ異動だよ。忙しいし、ストレスも溜まるし、1日に1回は、仕事を辞めたいと思うけど、ここは踏ん張りどころだね。この年になって、辞めて家事手伝いになると、結婚もできないわ。7月には一時帰国するのかね。忙しい人は、仕事をやめると、ボケたりするって言うから、楽しみをたくさん見つけておくといいね。それじゃあまたね。未和〉

 最後に、未和の長時間労働と、過労死の発生原因についての私たち夫婦の思いを言います。

 労災の申請にあたって、未和の勤務記録、タクシーの乗降記録、パソコンでの受発信記録、携帯での更新記録などを、NHKから入手して、整理する途上で、NHKの当時の職制の方と、何度かお話をしてきましたが、記者の働き方は裁量労働制で、個人事業主のようなものだという発言が何度か出てきました。

 出勤時間も、休憩時間も、自分の裁量で自由にできるという立場にあったということでしょうが、取材テーマを追う本来の記者の業務ならともかく、時間も手順も決められた短期集中の選挙取材業務は、待ったなしではありませんか。

 都議選と参議院選と続いた選挙取材で、連日連夜深夜まで働き、土日も休めず、亡くなる直前の1ヶ月間の時間外労働時間が、私たちが労基署に出したのは209時間。その前の月が188時間というような状況がなぜ放置されていたのか、私には理解できません。記者は個人事業主だから、細かい管理はしないという職制の意識が、部下の日々の残業時間のチェックもコントロールもせずに、結果的にこれほどの長時間労働を強いて、過労死に至ったのではありませんか。部下の健康と命を守るために、労働時間の管理は日々きっちりやるという職制の意識があれば、またそれをさせる組織のルールが厳格であれば、未和は死なずに済んだはずです。

◇取材チームに問題はなかったか
 職制の労働時間管理の杜撰さに加えて、一つのグループ、チームとしての在り方にも問題があったような気がしています。都庁クラブは、男性キャップの下に、男性のベテラン記者3名と、一番若い独身の未和を合わせて5名での選挙取材体制であり、皆さんそれぞれ大変だったと思います。しかし、普通の会社の組織では、若い女性社員が連日連夜深夜残業、土日出勤という状態がずっと続けば、誰かがアラートを出して、助け舟を出すなり、外部からサポートを呼ぶなり、改善に向けて、協力して、助け合うはずです。

 チームの皆さんは、横目で未和を眺めながら、個人事業主を決め込んでいたんでしょうか。自己管理ができなかった未和が悪かったのでしょうか。私たちには、未和が亡くなった当時のチーム全員の勤務記録を見せてくれという思いがあります。

 未和の100カ日の法要に、都庁クラブの方もみえました。その夜の会食の席で、家内がその方に「未和は我が家のエースでした」と言いました。

 その方は、びっしり(予定を)埋めた自分の手帳を見せながら、こう言われました。「要領が悪く、時間管理が出来ずに亡くなる人は、エースではありません」。同じ職場にいた方の言葉とも思えませんが、当時の都庁クラブのチームワークの実態を、垣間見る思いがします。個人事業主の意識の強いグループで、一番弱い未和が、犠牲になったのではないかと思うと、親としてはやり切れません。

 続いて妻の方から思いを話させていただきます。

◇娘はかけがえのない宝でした
 亡き、未和に対する母の思いを、稚拙ながら述べさせていただきます。私の幼い文章で申し訳ございません。娘はかけがえのない宝、生きる希望、夢、そして支えでした。

 娘亡き後、私の人生は180度変わり、もう二度と心から笑える日はなくなりました。

 未和という名前は、未来に平和をということで、「未」と「和」を繋げて、考え抜いてつけました。産まれた当初は、私の実家のある長崎県長崎市におりました。つわりがひどく、難産だっただけに、玉のような女の赤ちゃんと出会えたときは、本当に奇跡だと幸せを噛み締めていました。すくすくと順調に育った未和は、親馬鹿と思われるかもしれませんが、才気煥発で、他の子にない、光るものを持っているように感じていました。

 未和が1歳半になった頃、コロンビアに単身赴任中だった夫が帰国、最初こそ怖がりましたが、すぐに慣れました。ちょうどその頃、TVの子ども番組「おかあさんといっしょ」が長崎で収録、出演させていただいたのが、NHKとの最初のご縁でした。

 未和5歳、次女3歳、長男1歳。東京都豊島区に転居、東京には親戚も知り合いもなく、夫は海外出張が多く、1人で3人を育てる日々は無我夢中でした。未和は幼稚園、小学校を豊島区で過ごしました。私の長崎の父が倒れた時は、当時3歳の長男だけを連れて、東京と長崎を何度も往復、その頃から未和はお姉ちゃんとして、下の子たちの面倒を見るようになったと思います。私も、次第に精神的に未和に頼るようになっていました。

 中学は文京区、高校は世田谷区駒沢から通い、一橋大学法学部へと進んだ未和は、私の勧めで、TBSラジオで大学生がやっていたBSアカデミアにかかわり、本格的に報道の世界に興味を持ち始めました。

◇一番の親孝行者だった
 3人の子の受験、就職など、節目節目には必ず私も伴走という形をとったのですが、一番、手ごたえがあり、充実し、満足のいく結果になったのは未和でした。まさに、我が家のエースでした。が、一番の親孝行者が一番の親不孝者になりました。

 NHK入局後の最初の赴任地は鹿児島。母娘ともに、有頂天になりながら、電化製品、必要な家具を買い揃え、任地に送りました。長崎の親たちの介護の帰りに、わくわくしながら4回ほど鹿児島に行きましたが、未和は仕事で時間が取れず、一緒の思い出は残念ながら皆無でした。亡くなった後分かったことですが、彼女は持ち前の頑張りで、賞を2回いただいたり、拉致問題でもずいぶん活躍したそうです。平成22年、念願の東京勤務が決まり、我が家も現在の家に引っ越しました。

 一度、美和が都庁近くのホテルで、昼食をご馳走してくれたことがありました。バタバタバタッと来て、サーッと職場に戻る姿は今でも目に焼きついています。そこで未和が珍しくぼやいてきたことは、都庁クラブでの人間関係が、鹿児島時代とはまったく違って希薄だということでした。それでももう少し頑張ってみるということで、口出しは控えました。

◇結婚が決まっていた
 その後、未和の引越しに、次女と2人で手伝いに行ったときには驚きました。暑い夏の盛りに、私たちはただボーっとテレビを見ている間に、未和は1人でちゃちゃっと立ち働き、ハヤシライス、キュウリ、トマトのサラダを作ってくれたのです。学生時代の未和からは考えられない手速さに、仕事が人間を作るってこういうことなんだなぁと、感心しました。

 また、あとにも先にも、たった一回だけ、実家に泊まりに来てくれたことがありました。私が色々と作った夕食をまるで飲むようにたいらげ、ささっとカラスの行水。自分でヨガを済ませると、すぐお布団へ。あまりのスピードぶりにポカンとしていると、未和は、「記者は早飯、早ナントカで、食べられるときに食べ、寝られるときに眠るんだ。ママもはやく寝てよ」と言ったのでした。彼女は眠ったあと、私は天にも昇る気持ちで、未和が愛おしくて、愛おしくて、眠るのがもったいなく、いつまでもおでこをなでておりました。未和のにおい、未和の体の温かさ、私はこれからも忘れることはありません。

 NHKの朝の連続ドラマ「おひさま」の主題歌は、まさに未和のイメージにぴったりで、当時はこの歌をずーっとイヤホンで聴きながら、未和を感じていました。もう少し、もう少しで夫が帰ってくる。普通の生活ができる。結婚が決まっていた未和の手伝いができる。もくもくと家事に励んでいた日々。しかしながら、もうこの曲を聴ける日はなくなりました。

◇この苦しみを味わう人が二度と現れないように
 平成23年5月1日、夫の完全帰国準備のため、サンパウロ行きになり、未和との連絡はラインとなりました。7月17日、未和から「横浜局の県庁キャップになりました。また忙しくなりそう(涙スタンプ)」、「おめでとう」と言うと、「めでたいかどうかは謎だね(泣き顔スタンプ)」。日本の夜7時のニュースが、サンパウロの朝7時のニュース。別の部屋にいたので、途中から気づき、「以上、選挙報道でした」との未和の最後の声が今でも耳に残っています。

 未和の死後、私は私でなくなりました。家中のあらゆる刃物、ロープ類は隠され、夫と下の子たちが順番に、私を見張っておりました。入退院を繰り返し、強い薬を5錠服用し、どうぞこのまま心臓が止まりますように、息が止まりますようにと眠りにつく。だけど、朝はくる。目覚める。ツラいです。親たちの看取りは、最期まで完璧にやったのに、なぜ最愛の娘をみてやれなかったのか。自分を責め続けています。

 私は子育てのみに夢中でした。他に、これと言った趣味や特技もなく、子どもが成長した暁には、お手伝いをすることだけが、私のたった一つの望みでした。もうその望みが叶うこともありません。この苦しみを背負う人が今後、決して二度と現れないことを切に願っております。
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東名夫婦死亡 進路妨害は「危険運転」にならない?
 石橋容疑者の逮捕容疑は、自動車運転死傷行為処罰法の「過失運転致死傷罪」であり、なぜ“過失”扱いなのか納得がいかないと、多くの批判が出ております。

◎東名夫婦死亡 進路妨害は「危険運転」にならない?
 (10月13日 20時41分 NHK NEWS Up)

 東名高速道路でワゴン車が大型トラックに追突され、夫婦2人が死亡した事故は、高速上で進路を妨害され、車を無理やり停止させられるという特異な事故の形態から、この「NHK NEWS WEB」でも連日、高い関心を集めています。
いま、ネット上では、逮捕容疑をめぐって異論が相次いでいます。警察の見解や専門家の意見を紹介しながら、今回の事故をどう受け止めたらよいのか考えてみます。(横浜放送局記者 山内拓磨)

◇1キロ以上にわたり 急接近・割り込み
 警察によりますと、今回の事故で東名高速道路の追い越し車線で進路を妨害したとして逮捕された福岡県中間市のアルバイト、石橋和歩容疑者(25)は事故が起きるまで1キロ以上、1分半にわたり、加速や減速を繰り返しながらワゴン車に極端に接近したり、前に割り込んだりして進行を妨げていた疑いがあるということです。

 そして、追い越し車線上でワゴン車の前にみずからの車を止め、ワゴン車を停止させます。そのわずか3分後、後続の大型トラックがワゴン車に突っ込み、萩山嘉久さん(45)と妻の友香さん(39)が亡くなり、2人の娘もけがをしました。

 萩山さんは、現場の手前のパーキングエリアで、駐車スペースではない通路部分に車をとめていた石橋容疑者に対し、通行の妨げになると抗議していたことがわかっています。その後、石橋容疑者が萩山さんのワゴン車を追いかけ、一連の妨害行為に及んだとみられています。

 捜査関係者によりますと、石橋容疑者は容疑を認めたうえで、「むかついたので車を止めた」などと供述しているということです。

◇「殺人に近い」という声も
 猛スピードで車が走行する高速道路の追い越し車線に無理やり車を停止させた今回の行為。同じパーキングエリアに立ち寄っていたドライバーたちに話を聞いたところ、「常識としてありえない。殺人に近い」という意見も聞かれました。

 石橋容疑者の逮捕容疑は、自動車運転死傷行為処罰法の「過失運転致死傷罪」。故意ではなく注意が不十分で起こした行為を処罰する「過失犯」で、刑の上限は懲役7年です。

 一方、同じ法律には「危険運転致死傷罪」もあり、第4号には「人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」を罰するという規定があります。

 危険運転致死傷罪は「過失犯」ではなく「故意犯」で、その分、量刑は重く刑の上限は有期刑(併合加重で懲役30年)です。

 今回の行為は、この「危険運転」に該当するのではないか、ネット上では、「どうみても危険運転致死傷!」「これで適用しなかったらいつ使うのか?」など「過失運転致死傷」の逮捕容疑に疑問を投げかける声が相次いでいます。

◇警察「検討したが適用できないと判断」
 警察は「危険運転致死傷罪」が適用できるかどうか検討したということですが、今回は適用できないと判断したということです。

 捜査関係者によりますと、「危険運転致死傷罪」は車が動いている運転中の事故が前提となるといいます。

 今回の事故では、大型トラックが突っ込む前に石橋容疑者が萩山さんのワゴン車の前に車をとめて停止させていて、2台とも止まった状態でした。運転中に起きた事故ではないことから、適用できないと判断したといいます。

 また、車を停止させる前に繰り返した妨害行為については、妨害行為によってけがをしたり死亡したりしていないことや、大型トラックが突っ込む事故そのものに直結していたとはいえないことから適用できないと判断したとしています。

◇専門家も「難しい…」
 専門家はどうみるか。
自動車運転死傷行為処罰法が制定される際に、法制審議会の部会のメンバーを務めた武内大徳弁護士に話を聞きました。

 武内弁護士は、事故の詳細は把握しておらず、報道されている情報で検討すると断ったうえで、「やはり危険運転致死傷罪の適用は難しいと思う」と答えました。

 危険運転致死傷罪の立法当時は、今回のようなケースは想定されていなかったといいます。念頭に置かれていたのは、狭い道路で走行中に前に割り込むとか、先行している車が蛇行して後続の車に接触するといったケースだということです。

 「今回の事故では、妨害行為そのものによって追突事故が起きていれば適用できた可能性はあるが、実際は双方の車が停車し、妨害行為はいったんとまっている。これを危険運転致死傷の類型に入れるのは難しいのではないか」

 武内弁護士は、刑法には犯罪の内容はあらかじめ明確に規定する「罪刑法定主義」という大原則があり、危険運転致死傷罪の「外縁」にあると言える今回のような行為まで処罰対象を広げるべきではないと指摘しています。

 一方で、高速道路上に急停止させる行為を「過失犯」で問うのは個人的に違和感を覚えると話します。そのうえで、こんな考えも披露しました。

 「刑法124条に『往来妨害致死傷罪』という規定がある。『陸路、水路又は橋を損壊し、又は閉塞して往来の妨害を生じさせ、人を死傷させる行為』を罰するもの。今回の行為を陸路をふさいで往来を妨害したと考えられないか」

 往来妨害致死傷罪は故意犯で、刑の上限は懲役20年、併合加重すれば最高刑は懲役30年になるといいます。

 ただ、武内弁護士は「今回の容疑者をどう罰するかという視点ではなく、今回の行為がいかに危険なことだったか、車社会のなかでは一歩間違えれば何人もの命が奪われるおそれがあるということを多くの人が考えるべきではないか」と話します。

◇「二度と起きないで…」
 今回の事故で亡くなった萩山さん夫婦は、15歳の長女と11歳の次女の一家4人で遊園地などで遊んだ家族旅行の帰りに事故に巻き込まれました。

 車内に一緒にいた2人の娘は警察に「進路を何度もふさがれ、怖かった」などと事故直前の状況を詳しく説明し、なぜこんなことが起きてしまったのか解明してほしいと訴えたといいます。

 萩山さんの母親の文子さんは、取材に対し、「孫たちは尊敬していた両親をいっぺんに亡くし、どれだけ悔しいことか。二度と同じようなことが起きない世の中になってほしい」と涙ながらに答えました。

 危険な行為によって生じた、あまりにも重大な結果。捜査関係者によりますと、石橋容疑者は以前にも別な場所で車の進路を妨害して停車させ、ドアを繰り返し蹴るなどの行為を起こしていた疑いがあるということです。

 同様の行為を繰り返していたという容疑者が高速道路で車を止めさせることの危険性をどこまで認識していたのか、適用される罪名の議論とともに注視していきたいと思います。
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走行妨害の男 1か月前も3台に
 11日放送のフジテレビ系「直撃ライブグッデイ」で、東名高速で子供がいる夫婦の車を追い越し車線に停止させ、トラックが追突し夫婦が死亡した事故が取り上げられました。

 コメンテーター出演の「カンニング」竹山隆範(46)さんは、逮捕前の石橋容疑者の映像を見た後に怒りの表情で、「人が死んでいるのに笑っている。普段からそういう粗暴な人間のようですが」と話した上で、「免許を取るのには適正試験もある。なぜ、ここまで粗暴な性格の人間がパスできたのか」と疑問を呈し、「(事故の前にも被害者の車を)あおったり、無理矢理、前に割り込もうとしている。後ろからあおったりするヤツって、車の運転をしているとよくいるけど、『僕、バカですよ。社会ルール守れませんよ』と言ってるのと一緒ですから」と言い放っておりました。

 石橋容疑者の言動は非難されて当然の事で、多くの方々が竹山さんの意見に賛成ではないでしょうか。

 さらに、石橋容疑者は同様の妨害行為をしていた事が、捜査関係者への取材でわかりました。

◎1カ月前も3台に走行妨害 東名夫婦死亡事故の容疑者
 (2017年10月12日 03:21 朝日新聞デジタル)

 神奈川県大井町の東名高速で6月、ワゴン車が大型トラックに追突され夫婦が死亡、娘2人がけがをした事故で、一家のワゴン車の進路をふさいで停車させ、追突事故を引き起こしたとして逮捕された男が、事故の1カ月前にも山口県下関市の一般道で、3台の車に同様の妨害行為をしていたことが、捜査関係者への取材でわかった。短期間に繰り返された点を県警は重視し、詳しく調べている。

 神奈川県警に自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)などの疑いで逮捕されたのは、福岡県中間市の建設作業員石橋和歩容疑者(25)。6月5日夜、静岡市清水区の車整備業萩山嘉久さん(当時45)一家のワゴン車の進路をふさいで下り車線に停止させ、後方から来たトラックの追突事故を引き起こした疑いがある。嘉久さんと妻友香さん(当時39)が亡くなり、高校1年と小学6年の姉妹もけがを負った。

 石橋容疑者は約1・4キロの間、後方から極端に接近し、前に割り込んで減速するなどの妨害を繰り返していた。手前の休憩所で通行を妨げるように駐車していたのを嘉久さんから注意され、腹を立てたという。

 捜査関係者によると、事故の1カ月近く前の5月8日夜、石橋容疑者は下関市の一般道で運転中、時速約10キロまで急に減速。追い越した車にクラクションを鳴らすなどし、進路をふさいで停車させ、窓をたたいたという。

 翌9日未明には、ゆっくり走行している際に追い越そうとした車の進路を2回妨害して停止させ、運転席のドアを3回蹴った。同日早朝にも、追い越そうとした車の方へ自分の車を寄せて衝突。手前の信号で青に変わっても10秒ほど発車せず、その後も遅めの速度で走行していたという。

 県警は、いずれも石橋容疑者がきっかけをつくって追い越しを誘った可能性もあるとみて、6月の事故と共通点がないか解明を進めている。

 (古田寛也、伊藤和也)
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夫婦死亡事故 トラブルで進路妨害されたか 男を逮捕
 ことし6月、神奈川県内の東名高速道路でワゴン車がトラックに追突され乗っていた夫婦が死亡した事故で、事故の直前、別の乗用車がワゴン車の前に止まり進路を塞いでいたことがわかりました。

 その直後に事故が起きていて、警察は進路妨害が事故につながったとして、乗用車を運転していた福岡県の25歳の男を過失運転致死傷などの疑いで逮捕しました。

 ことし6月、神奈川県大井町の東名高速道路で、追い越し車線に停車していたワゴン車に大型トラックが突っ込み、ワゴン車に乗っていた静岡市清水区の萩山嘉久さん(45)と妻の友香さん(39)が死亡し、2人の娘を含む合わせて4人がけがをしました。

 警察が捜査を進めたところ、萩山さんのワゴン車が現場までのおよそ1キロにわたって別の乗用車から極端に接近されたり前に割り込まれたりしたあと、追い越し車線でこの車がワゴン車の前に止まり、進路を塞ぎ停車させていたことがわかりました。

 その直後に事故が起きていて、警察は進路妨害が事故につながったとして、乗用車を運転していた福岡県の石橋和歩容疑者(25)を過失運転致死傷などの疑いで逮捕しました。

 これまでの調べで、2台は直前にパーキングエリアでトラブルになり、高速道路上でワゴン車を止めたあと石橋容疑者が車から降りて萩山さんと口論になったということで、警察が詳しい状況を調べています。

◎東名夫婦死亡事故、進路を塞ぎ停車させた疑いで男逮捕
 (2017年10月10日 13:07 朝日新聞デジタル)

 神奈川県大井町の東名高速で6月、ワゴン車がトラックに追突され夫婦が死亡、娘2人がけがをした事故で、県警は10日、一家のワゴン車の進路を塞いで停止させ、追突事故を引き起こしたなどとして、福岡県中間市の建設作業員石橋和歩容疑者(25)を自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)と暴行の疑いで逮捕した。捜査関係者への取材でわかった。

 石橋容疑者は6月5日午後9時35分ごろ、静岡市清水区の車修理業萩山嘉久さん(当時45)一家のワゴン車の進路を塞ぎ、下り線の3車線のうち最も中央分離帯寄りの車線に停車させ、トラックとの追突事故を引き起こしたなどの疑いがある。

 この事故で、嘉久さんと妻友香さん(当時39)が死亡、高校1年と小学6年の姉妹もけがをした。
| 事件・事故 | 17:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
静岡 伊東の別荘地で不明の4歳男児発見 目立ったけがなし
 静岡県伊東市の別荘地で7日から東京・足立区の4歳の男の子の行方がわからなくなり警察などが捜索していましたが、9日午前9時前に見つかりました。

 警察によりますと男の子は意識があり、目立ったけがはないということです。

 東京・足立区の福見怜輝くん(4)は7日、静岡県伊東市の天城高原別荘地の保養所に家族などと一緒に訪れていましたが、7日の正午ごろに保養所の外で遊んでいた後に行方がわからなくなり、警察などが8日から捜索をしていました。

 8日の捜索では見つからなかったため、9日午前7時から捜索を再開しましたが、警察によりますと、午前9時前、行方がわからなくなった現場の近くで見つかりました。

 怜輝くんは意識があり、目立ったけがはないということで、救急車で母親と一緒に病院に向かったということです。

◇父親「生きていてくれてありがとう」
 怜輝くんの父親は報道陣の取材に応じ、「多くの人のおかげで無事に見つかりありがとうございました。怜輝はひどくおびえていました。抱きしめてあげ、言葉はなかったけれど大きなケガもなく本当によかったです。生きていてくれてありがとうと言いたい。お菓子が好きなので元気になったらお菓子をたくさん食べさせてあげたいです」と話していました。

◎伊東の別荘地で4歳男児不明 200人体制で捜索
 (10月9日 静岡新聞)

 伊東市池の天城高原別荘地で7日正午ごろ、東京都足立区の美容師(33)の長男で、保育園児の男児(4)の行方が分からなくなった。伊東署や地元消防団などが約200人体制で捜索したところ、いなくなった現場付近の空き家敷地内で8日夕方に男児の両足の靴が見つかった。

 同署によると、美容師の一家は7日午前、母親の友人らと計18人で、友人の会社保養所に日帰りの予定で訪れた。子ども同士で保養所の庭で遊んでいた男児は取り合いをしていたリコーダーを手にした後、逃げるように走り去ったという。

 男児は身長1メートル、体重16キロのやせ型。ミッキーマウスの顔絵入り黒色長袖シャツに緑色の長ズボンを着用している。現場は伊豆スカイライン天城高原料金所から南に約1.5キロの自然に囲まれた別荘地。
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川崎 11年前の通り魔殺人 別の事件で服役中の36歳男逮捕へ
 11年前、川崎市にあるJRの高架下のトンネルで当時27歳の女性が刃物で刺されて殺害された通り魔事件で、警察は、別の通り魔事件で服役中の36歳の男が関わった疑いがあるとして、殺人の疑いで逮捕状を取り、近く逮捕する方針です。

 11年前の平成18年9月、川崎市宮前区梶ヶ谷のJRの高架下のトンネル内の歩道で、近くに住むアルバイトの黒沼由理さん(当時27歳)が、何者かに刃物で胸や腹を刺されて殺害されました。

 警察は、通り魔事件として捜査を続けていたところ、この半年余り後に現場近くで起きた別の通り魔事件で逮捕され、栃木県内の刑務所に服役中の36歳の男が、去年1月になって、この事件への関与をうかがわせる文書を警察に提出していました。

 その後、警察は任意で事情を聞くなど裏付け捜査を慎重に進めたところ、事件に関わった疑いがあるとして殺人の疑いで逮捕状を取りました。近く逮捕する方針です。

 男は、平成19年4月、同じ川崎市内の路上で面識のない女性を刃物で刺して大けがをさせたとして殺人未遂の罪で逮捕・起訴され、懲役10年の判決を受けて栃木県内の刑務所に服役しています。

 警察は、今後、刑務所から身柄を移し、事件のいきさつや動機について詳しく調べることにしています。
| 事件・事故 | 13:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
「名ばかり管理職」 会社に残業代支払い命じる判決
 会員制のスポーツクラブで支店長などを務めていた女性が、権限の限られた「名ばかり管理職」だったとして残業代の支払いを求めた裁判で、東京地方裁判所は、スポーツクラブに対して400万円余りの支払いを命じる判決を言い渡しました。

 東京に本社がある「コナミスポーツクラブ」の店舗で、おととしまで支店長やマネージャーを務めていた女性は、権限が限られていたのに、管理職として扱われ、残業代が支払われなかったのは不当だと訴えました。

 一方、会社側は、支店長やマネージャーには、施設の管理や人事の権限があり、管理職に該当すると主張していました。

 6日の判決で、東京地方裁判所の佐々木宗啓裁判長は、「アルバイトの採用などは会社の決裁を得る必要があり、原告の判断が尊重されていなかった」と指摘しました。

 さらに、「人手不足で、一般の従業員と同じように受付やインストラクターの業務をしなければならず、管理職とは認められない」として400万円余りの支払いを命じました。

 女性は会見を開き、「訴えが認められ安どしています。同じように苦しんでいる人が安心して働ける会社が増えてほしい」と述べました。

 一方、コナミスポーツクラブは、「判決を手に入れていないのでコメントできない」としています。
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