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議会に代わる町村総会設置の検討表明へ 高知 大川村
 議員のなり手不足が全国的に課題となる中、高知県大川村は議会に代わって有権者が直接、議案を審議する「町村総会」を設置するかどうか検討を始め、村長が、12日に開会する村議会で、検討する理由などを正式に表明します。

 人口がおよそ400人と離島を除いて全国で最も少ない高知県大川村は、6人の議員の平均年齢が70.8歳で、今後、引退して選挙に立候補する人が定数を下回り、議会が維持できなくなるおそれがあるとして、ことし4月、地方自治法に基づいて有権者が直接、議案を審議する「町村総会」を設置するかどうかの検討を始めました。

 これについて、大川村の和田知士村長は、12日に開会する村の定例議会で、検討の詳しい理由などについて正式に表明することにしています。

 これまでのNHKの取材に対し、和田村長は「議会の維持が難しくなった場合、村政の運営に混乱が生じ、事前に備えておく必要がある」と話していて、12日は、設置する際の課題なども説明するとともに、年内に方向性をまとめるという考えを表明する見通しです。

 総務省によりますと、町村総会が過去に設置されたのは、昭和26年からの4年間行われた東京・八丈小島の旧宇津木村の事例が唯一だということです。

 村長の表明を受けて、村や議会での議論が、今後、本格化することになります。

◇議員のなり手がいない
 高知県大川村は、四国山地の中央に位置し、鉱山の閉山や早明浦ダムの建設の影響で人口が急激に減少しました。4月末時点の人口は405人と離島を除いて全国で最も少なくなっています。

 大川村によりますと、平成14年から15年にかけて、周辺の市町村との合併を模索しましたが、ともに検討していた自治体が大川村との合併を取りやめたため、実現しませんでした。

 大川村では人口減少が進み、議員の選挙のたびに、なり手不足に悩まされています。平成15年には10だった議員定数を段階的に6まで減らしましたが、前回、平成27年の選挙では新人の立候補はなく、現職全員が無投票で再選しました。

 中には、後継者が見つからず、引退を取りやめて立候補した議員もいました。6人の議員の平均年齢は70.8歳で、複数の議員が今期かぎりでの引退を希望しています。

 公職選挙法では、議員の欠員が定数の6分の1を超えた場合、再選挙をしなければならないと規定されていることから、大川村では2年後の選挙で2人以上の議員が引退して新人が立候補しなければ、再選挙になる可能性があり、立候補者が現れるまで再選挙が繰り返されるおそれがあります。

 今期かぎりの引退を考えている副議長で77歳の伊東喜代澄議員は、これまで数人の住民に立候補を打診してきましたが、「荷が重い」とか「やりたくない」などと言われ、断られたということです。

 伊東議員は、「政治への無関心や、議会の活動内容が十分に理解されていないことが今のような状況につながったと思う。今回の町村総会の検討をきっかけに、村民が政治に関心を持ち、議員に立候補しようと考える人が出てきてほしい」と話しています。

◇議員になるには難しい事情も
 高知県大川村では議員のなり手不足が深刻化していますが、村の若い世代が議員になろうとするには難しい事情があります。

 ことし4月末時点で、大川村の人口は405人です。現職の議員たちは、自分よりも若い世代から立候補者が出ることを望んでいて、65歳以上の高齢者178人を除くと、議員の選挙に立候補できる25歳以上の村民は168人います。

 大川村によりますと、この中から、議員との兼業を禁じられているおよそ30人の公務員や、それに準じた職業の人を除くと、立候補できる人は、事実上100人ほどに限られるということです。

 さらに、こうした若い世代が議員になろうとするには難しい事情があると言います。

 大川村によりますと、昨年度、議員が議会などに出席した期間は平均で70日ほどあったということで、たとえば会社に勤務する人が議員を兼ねる場合、会社を休む日数が多くなる可能性があります。

 村の森林組合に勤める36歳の福嶋基弘さんは、「林業の仕事が順調で毎日忙しくしているので、議員と兼業することは難しい」と話しています。

 議員の報酬は月15万円余りですが、福嶋さんは2人の子どもがいて、現在の仕事を辞めて議員に専念するには金銭面で不安があるといいます。

 福嶋さんは、「子どもが大きくなってこれからますますお金がかかるうえ、選挙で落選すると報酬もなくなるため議員になる自信はない」と話しています。

◇大川村が検討する「町村総会」とは?
 町村総会は、議会にかわって有権者が一堂に集まり、地域の課題や予算の使いみちなどについて直接議論して決める仕組みで、地方自治法で規定されています。

 総務省によりますと、昭和26年からの4年間、東京・八丈小島の旧宇津木村で行われたのが唯一の事例だということです。

 この村では有権者が一堂に集まり、村の課題について話し合って決めたということですが、ほとんど記録が残っておらず、どのようなルールで運営していたのかなど、詳しいことはわかっていません。

 総務省によりますと、通常の議会と同じく町村総会も半数以上の有権者が参加しなければ会が成立しないと考えられるということで、参加する有権者を確保するための仕組みや、総会の運営の方法など細かい制度設計が必要になります。

 高市総務大臣は、町村総会の検討が始まることについて、「著しく人口が少ない町村では、町村総会は1つの選択肢となり得る。総務省としても、相談があれば、適切に助言していきたい」と述べています。

◇悩む自治体はほかにも
 議員のなり手が不足して、将来、議会が維持できなくなるという悩みを抱える自治体は、大川村だけではありません。

 全国町村議会議長会によりますと、去年7月時点で大川村と同じように議会の議員定数が6か、それ以下の町と村は、全国で、ほかにも11あり、NHKがこれらの議会の議長に、町村総会について聞いたところ、長野県王滝村は、「過去に検討した」と答えたほか、北海道音威子府村、東京・青ヶ島村、奈良県黒滝村の3つの村は、「将来検討する可能性がある」と回答しました。

 それだけ、議員のなり手不足が深刻になっているためで、取材した11の町村の多くは、「次の選挙で定数を超える候補者が集まるのか不安だ」と話したほか、「議員の定数をさらに減らすことも考えている」などと回答するところもありました。

 また、議会の維持が困難になっている状況は、自治体の規模の大きさにかかわらず見られています。

 2年前の統一地方選挙では全国373の町と村で議員選挙が実施されましたが、全体の23%にあたる89の町と村では立候補者が定数を超えず無投票となり、このうち4つの町と村では欠員が出る事態になりました。

 中には、選挙の告示日の前日に立候補者が見つかって再選挙をまぬがれた自治体もあり、議員のなり手不足の解消に向けた取り組みは喫緊の課題になっています。

◇対策に乗り出す町も
 議員のなり手不足を深刻な課題と受け止めて対策に乗り出した町があります。

 人口およそ5000人の北海道浦幌町は、2年前の議会選挙で議員定数を13から11に減らしたにもかかわらず、立候補者は10人にとどまり、欠員が出る事態になりました。

 危機感を抱いた議会は、この2年間、なり手不足の解消に向けた議論を続けてきました。

 まず取り組んだのは、町民2000人を対象にしたアンケートで、町民が議会に何を求めているのかを把握することでした。

 アンケートの結果、「議員と町民の対話がない」という回答が多く寄せられ、これを受けて議会は去年からスーパーマーケットや図書館などを会場に住民と議員が気軽に交流できる会合を定期的に開いています。

 子育て支援策など生活に身近な話題から産業振興策まで、幅広く意見が交わされ、参加した住民のひとりは、「ふだんは敷居が高いがこうしたイベントがあれば議員の人柄もわかるし率直に話をしやすい」と評価していました。

 さらに、浦幌町では子育て中の若い世代や会社勤めの人でも議員になりやすいよう、環境を整える検討が進められています。

 アンケートでなり手不足の原因について聞いたところ、「仕事と両立ができない」、「議員報酬が低い」といった回答が多く寄せられたことから、これまでに議員の報酬をおよそ6万円増やして23万円にする案が検討されています。

 さらに、会社勤めをしながら議員活動をする場合には、会社に補助金を支給する案も検討され、議員活動で会社を休んだ分を村が穴埋めすることで立候補しやすい環境を作ろうとしています。

 検討を続けている議会運営委員会の河内富喜委員長は、「必ず成果は出ると思っている。女性と若い人は、もう1人や2人いてもいいし、いろいろな人が自分の考えを町民に訴えて選挙戦になればいい」と話していました。

◇成果を挙げる自治体も
 議員のなり手不足が深刻化する中、住民が議員と一緒になって政策を考える制度を導入し、一定の成果をあげている自治体もあります。

 平成17年に2つの村が合併して誕生した長野県飯綱町は、合併前に合わせて32だった議員定数を平成21年までに15に削減しました。

 しかし、その後に行われた選挙では定数をわずかに上回る立候補者しか出ず、このままでは無投票や欠員が生じるおそれがあると危機感を抱きました。

 そこで、平成22年から公募などに応じた住民が、議員と一緒になって政策を考える「政策サポーター」という制度を導入しています。

 政策サポーターの会合は夜間や休日に開かれることが多いため、仕事や子育てがある人でも参加しやすく、サポーターの意見を取り入れて、保育所の延長保育の一部無料化などが実現されました。

 参加者の多くが、「議会や議員をより身近に感じるようになった」と話していて、4年前に行われた前回の選挙では政策サポーターの経験者から初めて議員になる人が出るなど一定の成果を挙げています。

 飯綱町議会は、「なり手を増やすには議会や議員のことを少しずつでも知ってもらうことが大切で、今後も取り組んでいきたい」と話しています。

◇専門家「誰もが議員になりやすい仕組みを」
 高知県大川村が町村総会の検討を始めたことについて、地方自治に詳しく、高知県や北海道の総務部長を務めた経験がある、早稲田大学政治経済学術院の片木淳教授は、「町村総会は、直接民主制を具体化したもので本来の民主主義の姿とも言え、積極的に評価したい。一方で、有権者が村にどのような課題があるのかを日頃から検討し、対策を提案する姿勢がこれまで以上に必要になる。町村総会を運営するルール作りや、参加する有権者を確保する仕組みに加え、有権者が村政の運営に積極的に関わる覚悟をどこまで持つことができるかが今後の課題になるだろう」と指摘しています。

 そのうえで、全国で相次ぐ議員のなり手不足の対策として、「女性や、若い人、それにサラリーマンの議員が少ないのが日本の議会の特徴で、例えばサラリーマンが議員になる時には、長期休暇を与える法改正をしたり、勤め先の会社に、議会活動で社員が働けない間の損失を補填するなど、誰もが議員になりやすい仕組みを整えていくことが、喫緊の課題だ」と話しています。
| 議会改革 | 15:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
県議選などでビラ配布 自民・公明が公選法改正案提出を検討
 自民・公明両党は都道府県議会や市議会などの議員選挙で、現在認められていない選挙運動用のビラの配布を解禁するための公職選挙法の改正案を、議員立法で今の国会に提出する方向で調整しています。

 公約などを掲載した選挙運動用のビラは、国政選挙のほか都道府県知事選挙や市区町村長選挙では配布が認められていますが、地方議会の議員選挙では認められておらず、候補者の公約などを知らせることができるよう、解禁を求める意見が出ています。

 こうした意見も踏まえて、自民・公明両党は町村議会の議員選挙を除く地方議会の議員選挙で、選挙運動用のビラの配布を解禁するための公職選挙法の改正案を議員立法で今の国会に提出する方向で調整しています。

 自民・公明両党の案は、配布できるビラは2種類以内とし、都道府県議会の議員選挙では、候補者1人につき1万6000枚、政令市議会の議員選挙では8000枚、政令市以外の市と特別区の議会の議員選挙では4000枚を配布できる上限としています。

 自民・公明両党は、再来年の統一地方選挙から配布が可能となるよう、民進党などほかの野党にも呼びかけて今の国会での成立を目指す考えです。
| 議会改革 | 11:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
都議の質問「お膳立て禁止」=小池知事が職員に指示
 東京都の小池百合子知事が、議会の本会議での質疑に際し、都庁職員による質問作成などを取りやめるよう各局に指示したことが8日、分かりました。

 都議の質問を職員が「お膳立て」するケースもあったために、小池知事が問題視しました。

 就任後初めて編成した来年度予算案を審議する都議会定例会が22日から始まるのを前に、是正が必要と判断したものです。

 都議会では従来、知事の政治姿勢などを問う本会議での質疑について、事前の質問通告や答弁調整が各会派と当局との間で行われてきました。

 しかし、小池知事は、議論の透明性確保に向けて、「根回しやなれ合いはしない」として、事前の調整を拒否する姿勢を示しております。

 都では職員が質問づくりに関わる慣行も根回しの一環として続いてきたという事です。

 都議が質問を職員に書かせたり、職員から都議に質問を持ち込んだりするなど、議会関係者は「『出来レース』と言われても仕方がない実態があった」と話します。

 このため、小池知事は各局に、都議への質問の売り込み、都議から依頼された質問の作成、答弁内容の詳細な擦り合わせをしないよう指示しました。

 事前の調整は、質問作成に最低限必要な意見交換などにとどめるよう周知しました。

 小池知事は、7月の都議選に向け「『都民ファースト』を体現する議会であるべきだ」と語っており、議会改革も争点にする構えです。 
| 議会改革 | 18:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
東京都議会 議会改革めぐる議論が活発化
 東京都議会では、先に、議員報酬を2割削減するなどの案をまとめた公明党に続き、共産党が25%削減の案を発表するなど、7月の都議会議員選挙を見据え、各会派で議員報酬の削減をはじめとする議会改革をめぐる議論が活発化しています。

 東京都の小池知事が就任後、みずからの給与などを半減させたことをきっかけに、都議会では、公明党が議員報酬を2割削減して知事の給与を下回る水準にするなど独自の議会改革案をまとめましたが、その後、自民党との間で議論の進め方をめぐり意見が対立し、長年続いた連携を見直すなど、都政に波紋を広げました。

 こうした中、共産党は8日議員報酬を25%削減するほか、報酬とは別に議員1人当たり月60万円交付されている政務活動費を50万円に減額したうえで、飲食や、地域の新年会などへの支出を禁止するなどの案を発表しました。

 また、民進党も議員報酬の削減をはじめとする独自の議会改革案の検討を進めているほか、最大会派の自民党は、ほかの会派の動向も見極めながら対応を検討することにしています。

 都議会は、今月22日からことし最初の議会が始まることになっていて、都議会議員選挙を見据え、各会派で議員報酬の削減をはじめとする議会改革をめぐる議論が活発化しています。
| 議会改革 | 09:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
富山市議会 新たに1人が辞職の意向 補欠選挙へ
 政務活動費の不正が相次いで明らかになった富山市議会で、新たに自民党会派の議員が不正を認めて辞職する意向を固めました。

 これにより、この問題で辞職する議員は合わせて6人になる見込みで、公職選挙法の規定により、市議会議員の補欠選挙が行われる見通しになりました。

 富山市議会自民党会派の高田重信幹事長によりますと、会派に所属する浅名長在ェ門議員と14日に電話で話した際、辞職する意向を固めたことを伝えられたということです。

 それによりますと、浅名議員は相次いで明らかになっている政務活動費の不正に関連して、「架空の市政報告会の茶菓子代を政務活動費から支払った」と話し、15日午前、議長に辞職願を提出することを明らかにしたということです。

 これにより、この問題で辞職する議員は、すでに辞職した3人を含めて、合わせて6人になる見込みです。

 公職選挙法では、市町村議会で任期満了の6か月前までに、定数の6分の1を超える欠員が出た場合、補欠選挙が行われることになっております。

 定数40人の富山市議会では6人の議員の辞職により、もともとの欠員1人を合わせて欠員が7人になり、市議会議員の補欠選挙が行われる見通しになりました。

◇政務活動費不正 富山市議会 来月にも再発防止策
 富山市議会で政務活動費の不正が相次いで明らかになったことを受けて、市議会の各会派が再発防止策を話し合う検討会の初会合が開かれ、来月にも使いみちのチェックなどの具体的な対策をまとめることになりました。

 富山市役所の議会棟で開かれた検討会の初会合には、市議会のすべての会派から11人の議員が出席し、今回の問題を受けた再発防止策について意見を交わしました。

 この中で、出席した議員からは、会派内で不正を見抜けなかった反省から公認会計士などの第三者にチェックを依頼する案や、領収書の偽造が相次いだことを踏まえ実際に活動を行ったことを証明する納品書や写真などの添付を義務付ける案が出されました。

 市議会の各会派は、すべての議員の過去3年分の政務活動費を点検して、今月21日までに報告することになっており、これを受けて、検討会は、来月にも使いみちのチェックなどの具体的な対策をまとめることにしております。

 座長を務める自民党会派の五本幸正議員は、「今、市議会への信頼は全く無くなっている。これからどうするのか、しっかりと前を向いて考えて最善の結果を出したい」と述べました。
| 議会改革 | 21:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
甘利氏の元秘書2人 改めて不起訴 一連の捜査終結
 甘利前経済再生担当大臣の事務所をめぐる問題で、検察審査会が「不起訴は不当だ」と議決した元秘書2人について、東京地検特捜部は、再捜査でも「あっせん利得処罰法違反の要件を満たす十分な証拠がなかった」として改めて不起訴にし、一連の捜査は終結しました。

 甘利氏の事務所が、UR(都市再生機構)と補償交渉をしていた建設会社側から現金を受け取っていた問題では、甘利氏と元秘書2人が口利きの見返りに報酬を受け取ることを禁じたあっせん利得処罰法違反などの疑いで告発されましたが、東京地検特捜部はことし5月、いずれも嫌疑不十分で不起訴にしました。

 これについて、東京第四検察審査会は先月、甘利氏について「不起訴は妥当だ」とした一方で、元秘書2人については「不起訴は不当だ」と議決したため、特捜部は関係者から改めて事情を聴くなど再捜査を進めておりました。

 その結果、特捜部は、「検察審査会の指摘を踏まえ、改めて捜査を行ったが、『国会議員の権限に基づく影響力を行使して口利きする』というあっせん利得処罰法違反の要件を満たす十分な証拠がなかった」として、元秘書2人を改めて不起訴にしました。

 検察審査会の議決が「不起訴不当」だった場合、2回目の審査は行われないため、一連の捜査はこれで終結しました。

 甘利氏の事務所は、「元秘書らが法に触れるようなことはしないと信じていたところであり、捜査当局が不起訴にしたという一報を聞き、安どしたところです。改めて皆様に大変なご心配とご迷惑をおかけしたことに対し、深くおわびを申し上げます」などとするコメントを出しました。
| 議会改革 | 19:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
「まるで化石」甘い汁吸う都議会議員
 全国の地方議会でずさんな使い方が明らかになった政務活動費ですが、何も変わっていない様です。

 都議は全国の地方議員で最も高い年間720万円の政活費を受け取っておりますが、その使途の基準の厳格化が議論になっているにもかかわらず、都議会では厳格化が進んでいないのが現状です。

◎【都議会政務活動費】新年会8件はしご、海外視察に豪華弁当…変わらぬ使い切り体質に識者「化石のような基準見直しを」
 (産経新聞 8月7日)

 東京都議会(定数127)は10日、平成27年度分の政務活動費の収支報告書を公開した。交付額は1人当たり月60万円で全国最高。総額8億9160万円のうち、約95%の8億4895万円が使われ、残りは返還された。議員活動と支持集めの線引きがあいまいなため、「政治とカネ」で辞職した舛添要一前知事が批判を受けたケースと類似した支出もみられた。

■新年会を“はしご”
 支出のうち各種団体との意見交換に充当できる「会費」は計2599万円。自民は会費の約74%、公明は約72%を1、2月の「新年会」や「賀詞交歓会」などにあてがった。

 最も多い自民議員は計110回分で約75万円を計上、1日に8件の会合をはしごしたケースもあった。主催はいずれも地元の業界団体や町内会など。都議会の基準では、懇談や飲食が主目的の会合への支出は認められておらず、民進や共産は計上を自粛している。

 弁当代は1人につき1回3千円を上限に政活費から支出できる。自民は27年に会派控室で「効率的に会議を開くため」として、東京・銀座の高級すき焼き店の2160円の弁当を全議員分50個以上購入し、政活費から約12万円を支出した。東京・人形町の高級すき焼き店でも1620円の弁当を複数回、全議員分購入している。

■海外視察に940万円
 政活費を使った海外への視察も。民主(現・民進)は5月に所属議員8人が台湾を訪れ、航空券代や高級ホテルの宿泊費、手土産代などを計上。案分し半額の73万1166円を支出した。自民も所属議員11人が5月に5日間のインド行政調査を実施し、ビジネスクラスの航空券代や宿泊費など計約941万円を支出。都議会の基準では政活費で支出した場合「視察の記録を作成することが望ましい」とされているが、報告書を公開する義務はなく、視察の成果は不明だ。

■黒塗りだらけの領収証
 大半の議員が事務所スタッフの給与を政活費から支出しており、人件費は約2億9381万円に上った。ただ、個人情報保護を理由に、金額やスタッフの名前などは黒塗りにされている。生計を同一にする親族に多額の人件費を支出していても、チェックできないのが実情だ。

 親族の所有物件や自ら役員を務める会社に政活費から事務所賃料が支払われていることも。自民党の議員の中には、政治資金の不適切な使途を追及され辞職した舛添前知事と同様に、自己所有物件に設けている事務所を、所属会派の「東京都議会自民党」に貸し出す形で、政活費から毎月数万〜20万円の賃料を受け取っていたケースもあった。

■使い切り体質
 交付された1億800万円のうち民主が返還したのは1万5千円弱で、返還率は0・01%。このほか共産0・5%▽維新1・47%▽自民2・33%−などで「使い切り体質」も浮き彫りになった。

 年度末の駆け込み支出も目立ち、維新の党(現・民進)の都議は28年3月28日に「都内移動のため」として電動アシスト自転車1台を購入し、半額の約5万円を計上。民主党(同)の都議は同31日、約13万円のプロジェクターを購入し、政活費から半額を支出した。

 都議は全国の地方議員で最も高い年間720万円の政活費を受け取っている。使途の基準となる「政務活動費の手引」は21年からほぼ変わっていない。全国の地方議会でずさんな使い方が明らかになり、基準の厳格化が議論になっているが、都議会では厳格化が進んでいないのが現状だ。

 神戸学院大の上脇博之教授(憲法学)は「化石のような都議会の基準を見直し、税金が議員に還流する仕組みを早急に改めるべきだ」と指摘している。
| 議会改革 | 07:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
南米で初 リオ五輪が開幕
 リオデジャネイロオリンピックは、史上最多となる205の国と地域のほか、個人の資格での参加者と難民選手団の選手、1万人余りが参加して、21日までの17日間に28競技、306種目が行われます。

 開会式は、5日の午後8時(日本時間6日午前8時)からマラカナンスタジアムで始まりました。

 式では、「平和」と「環境」を大きなテーマに、多様な人種や民族によって形作られたブラジルの歴史や文化を幻想的な演出で表現したショーが披露されました。

 この後、オリンピック発祥の地、ギリシャを先頭にそれぞれの国と地域の選手がアルファベット順に入場行進しました。

 日本の選手団は全体の104番目に登場し、旗手は、陸上10種競技の右代啓祐選手が務めました。

 また、初めて結成された難民選手団が入場行進すると観客から温かい拍手が送られました。最後に開催国のブラジルの選手団が入場し、ひときわ大きな歓声が上がっておりました。

 この後、日本時間の午前11時27分ごろ、テメル大統領代行が開会を宣言し、南米で初めてのオリンピックが開幕しました。

 そして、ことし4月にギリシャで採火されたあと、ブラジルに運ばれ、1万人以上のランナーによってつながれながら全土を回ってきた聖火が、ブラジル出身で2004年アテネ大会の男子マラソン銅メダリストのデリマさんに引き継がれ、日本時間の午前11時50分ごろ、聖火台に火がともされました。
| 議会改革 | 14:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
野々村元議員に判決 懲役3年執行猶予4年
 政務活動費をだまし取った罪などに問われた兵庫県議会の元議員、野々村竜太郎被告に、神戸地方裁判所は、「金銭欲から県民の信頼を裏切った犯行は悪質だが、政務活動費を返還し、社会的制裁も受けている」として懲役3年、執行猶予4年の有罪判決を言い渡しました。

 兵庫県議会の議員だった野々村竜太郎被告(49)は、おととし7月までの3年間に、兵庫県の城崎温泉や東京などに344回にわたって日帰り出張をしたとするうその報告などで、政務活動費910万円余りをだまし取ったとして、詐欺などの罪で在宅起訴されました。

 野々村元議員は、ことし1月に開かれた初公判で起訴された内容を否認した一方、政務活動費の使いみちなどについて「覚えていない」などとして具体的な説明をせず、検察は「反省の態度が全く見られない」として懲役3年を求刑しておりました。

 6日の判決で、神戸地方裁判所の佐茂剛裁判長は、「裁判での被告の様子や受け答えからは、重篤な物忘れをきたすような障害はうかがわれず、ここ2、3年間の多数の出張を一切思い出せないというのは到底理解しがたい。裁判での供述は虚偽の疑いが強い」として、344回の日帰り出張はいずれも架空だったと判断しました。そのうえで「県民に選ばれた議員としての信頼に基づいて政務活動費を交付されたのに、金銭欲から信頼を裏切った犯行は悪質で、政務調査費などの制度に対する信頼を損ねたことも考慮すると刑事責任は重い」と指摘しました。

 一方で、「政務活動費を返還し大きく報道されて一定の社会的制裁も受けている」として、懲役3年、執行猶予4年を言い渡しました。

 これまでの裁判で野々村元議員は去年11月に予定された初公判を欠席し、神戸地裁は強制的に出廷させるため身柄を拘束する勾引の手続きを取ったほか、初公判のあとおよそ1か月間、元議員を拘置所に勾留する異例の措置を取りました。

 判決を受けて、野々村元議員の弁護士は、「今後の方針については判決理由を検討したうえで決めたい」とコメントを出しました。

◇有罪判決に野々村元議員は
 野々村元議員は、白い半袖シャツに黒っぽいズボン姿で、眼鏡をかけ、額から後頭部にかけて髪はなく顔には不精ひげが見られました。

 裁判が始まり、判決が言い渡されると、野々村元議員は裁判長と傍聴席にそれぞれ一礼しました。

 裁判長が判決の理由を読み上げると野々村元議員はじっとして聞き、閉廷が告げられると証言台の前でしばらくぼう然と立ち尽くした様子を見せたあと、裁判長と傍聴席に改めて一礼して法廷を出ました。
| 議会改革 | 07:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
舛添前知事が何も語らずに都庁を去った理由
 東京都の舛添知事は21日付けで正式に辞職し、舛添都政は、歴代の都知事の中で猪瀬前知事に次いで2番目に短い2年4か月余りで幕を閉じました。

 舛添知事は20日登庁したのを最後に21日は都庁に姿を見せず、政治資金などを巡る一連の問題に対する説明責任は果たさないままとなります。

 さらに、舛添知事はおととしの選挙で、待機児童の解消や高齢者福祉の充実などを公約に掲げ、就任後、長期的な計画をまとめて施策も打ち出しましたが、いずれも道半ばで、実現に向けた具体的な道筋は示せないままとなりました。

 一方、舛添知事には在職期間に応じた退職金およそ2200万円が支払われます。さらに、今月末にはおよそ380万円のボーナスも支給され、知事就任以降に受け取る給与などの総額は退職金を除いておよそ6800万円に上るということです。

 舛添知事の辞職に伴う都知事選挙は来月14日に告示され、31日に投開票が行われますが、選挙では政治とカネの問題だけでなく、舛添知事が具体的な道筋を示せなかった福祉など都民の暮らしに関わる政策も争点となります。

◎辞任断固拒否の舛添氏が「陥落」した本当の理由
 (6月21日 ダイヤモンド・オンライン 星野陽平)

 「政治とカネ」をめぐる数々のスキャンダルにまみれながら、なかなか辞意を表明せず、粘りに粘っていた舛添要一氏が、6月21日付で遂に辞職した。辞任の意思を決めてからの舛添氏は、辞職会見を開くこともなく、報道陣への問いかけにも終始、無言を貫いた。どうして会見で「第三者の厳しい目」と繰り返し、辞任を否定していた舛添氏が一転して辞任に傾いたのか。舛添辞任劇の真相とは?

◇「舛添問題を早く片付けてほしい」安倍総理を震え上がらせた世論調査結果
 「なぜ、舛添さんは謝罪をせず、黙ったままで都庁を去るのか。それは、自分が悪いとまったく思っていないからです。今回の一連の騒動では、舛添さんの公私混同ぶりが散々、批判されましたが、確かに政治資金規正法は政治資金の使い方が公私混同であったとしても違法にはならず、金の支出について記録が正しければ合法になるんです。舛添さんは理屈の人なので、『違法ではないのだから辞める必要はない』と考え、頑なになっていました。ところが、一転して辞任することに決めたのは“情”の部分が大きいのです」

 こう語るのは、舛添氏をめぐる騒動について、問題の核心をレポートしてきたジャーナリストの鈴木哲夫氏である。

 まず、舛添氏が辞任に至るまでの過程について鈴木氏の解説でおさらいしておこう。

 「もともと豪華過ぎる海外視察旅行が問題とされていた舛添さんですが、今回の騒動の直接の発端は、5月11日発売の『週刊文春』で、家族旅行で使った千葉県のホテルの宿泊代を政治資金として計上していた問題が報じられたことです。報道は過熱し、都知事辞任の可能性も話題になりましたが、一旦は、舛添さんと自民党東京都議団の間で留任する方向で話がまとまっていました」

 ではなぜ、それが一転して辞任ということになってしまったのだろうか? 自民党が舛添擁護から大きく舵を切ったのには、キッカケがあった。

 「報道が過熱するなか、都議会自民党は一貫して舛添さんを擁護し続けていたのですが、じつはそれを許さない数字が世論調査で出てしまったようなんです。6月4〜5日にかけて自民党が参院選に向けた定点観測の世論調査を実施しています。結果は、普通は数日後に出ているはずなのですが、取材をしても恐ろしいくらいにその数字が表に出てこないんです」

 なぜ、世論調査の結果は出てこないのだろうか。それは、自民党にとって表にできないほど厳しい数字だったということだろう。自民党による舛添下ろしは、ここから始まったのだ。

 「数字を把握しているのは、官邸と自民党本部の一部だけでしょう。内閣支持率などかなり厳しいものだったと推測されます。その大きな原因とみなされたのが舛添問題でした」

 舛添氏は、2014年に東京都知事選挙に無所属で立候補したが、その際、自民党は推薦という形で舛添氏を応援している。つまり舛添都知事を誕生させた責任の一端は自民党にもあるとみなされ、舛添氏のスキャンダルに引きずられる格好で自民党の支持率が急降下していたのだ。

 「しかも自民党への批判は東京だけにとどまらず、全国に波及していたのです。連日のメディアの攻勢もあって、官邸はピリピリし始め、『このまま舛添を放っておくと、参院選が厳しい』という雰囲気が支配的となってきた。安倍首相と谷垣幹事長が、東京選出の国会議員で安倍さんの側近である下村博文さんに『舛添問題を早く片付けてほしい』と伝えたそうです」

 ところが、当事者である舛添氏は、6月10日の定例記者会見で「(辞職したら)死んでも死にきれない。何としても仕事をしたい」と発言し、知事職にとどまる意志を表明していた。

 「この日は私も都庁で取材しましたが、舛添さんは全然元気で『これは辞めないな』という感触を得ました。この会見が行われたのは金曜日でしたが、土日の間に下村さんが『野党が提出した不信任案でも、世間が舛添に『NO』と言っている以上、われわれは乗らざるを得ない』と、不信任案に賛成する可能性を示唆しました」

 下村氏は、次の自民党都連会長と言われる東京自民党の実力者だ。しかも、下村氏のバックには、安倍首相がいるわけだから、その発言は重い。

◇「もうかばいきれない」舛添氏の“味方”が引導を渡した
 そして翌週の月曜日の13日、東京都議会の総務委員会で舛添問題の集中審議が開催された。

 この日、舛添氏は、共産党が14日に提出する方針の知事不信任案について「可決されると(8〜9月の)リオデジャネイロ五輪・パラリンピックの最中に選挙を行わなければならない。(終わるまで)猶予をいただきたい」と発言している。官邸の「舛添切り」の意向は、舛添氏には伝わらなかったのだろうか?

 「13日の集中審議の段階で、舛添さん自身は辞めないでも済むと思っていたようです。というのも、舛添さんは、その前に『東京自民党都議団のドン』と呼ばれ、都政に大きな影響力のある東京都議の内田茂さんから、『まだ辞めるのは早いです。しばらく様子を見ましょう』と言われていたんです。内田さんも官邸が『舛添を切れ』と言っているのは、当然知っていますから、頭の中でも『切らざるを得ないなあ』とは分かっていたはずですが、なかなか方向転換ができないでいたわけです」

 舛添氏があっさり自分の非を認めていたら、もっと早い段階で辞任ということになっていただろうが、舛添氏は徹底抗戦の構えを崩していなかった。

 「舛添さんの政治資金の使い方は、違法だと断定できるものではありません。理屈で言えば、舛添さんは辞めなくてもいいかもしれない。それに加えて、意地もあります。舛添さんが政治の世界に入ったのは、1999年東京都知事選挙が最初で、この時は石原慎太郎氏に惨敗しました。そして、2001年に自民党候補として参院選に当選し、国会議員となったものの、2010年に自民党を離党し、新党改革を旗揚げし、しかし、それもうまくゆかず、今度は都知事になった。そういう流れの中で、舛添さんにとっての都知事の職というのは、自民党中央に対するリベンジであり、東京オリンピックまではこの地位を絶対明け渡さない、という強い意思があったわけです」

 だが、世論は舛添バッシングで盛り上がる一方。自民党は、「このままでは参院選で惨敗する」と追い詰められていった。その空気を舛添氏の後ろ盾だった内田氏も感じ取り、「舛添さんをかばいきれない」と観念したのだ。

 「ただし、追い詰められた舛添さんは、ますます態度を硬化させ、『不信任決議案が提出されたら、都議会を解散する』と周辺には語っていました」

 自民党や公明党を含む7つの会派は、15日に開かれる本会議に共同で不信任決議案を提出し、採決することを決定。舛添氏と都議会の全面対決も浮上していた14日、異変が起きた。

 「まず、舛添さんは議会運営委員会に出向き、10分ほど話をして、リオ・オリンピックに出席して、次期開催都市として閉会式で五輪旗を受け取れるよう要請しているのですが、その中で『子どもを守るためには、すぐにでも辞めたい』と述べて嗚咽し、ハンカチで涙を拭ったそうです。話によれば、舛添さんの子どもに取材のトラブルがあり、そのことで奥さんと口論になったようです。それから、舛添さんは知事室に戻り、『伝わらないんだよな』と漏らしてがっくりと肩を落としたそうです。議会解散も辞さないと言って強気一辺倒だった舛添さんが、ここで弱気になってしまったんですね。そして、その日の夜から15日の朝にかけて、内田さんと話をしたそうです」

 内田氏とのこのやり取りが決定打となり、舛添氏は辞任を決めたのだという。一体、どんな内容だったのか?

 「私が関係者から聞いているのは、内田さんは『これまで舛添さんを守ってきたのは、俺だけだったよな。リオ・オリンピックまで頑張ってみようと言ってきたよな。でも、もうかばいきれなくなってきた。俺に不信任案を出させるのか。今度は舛添さんが俺に返す番じゃないのか』というような話をしたそうです。そして、この話を聞いた舛添さんは、声を詰まらせ、『内田さんともっと早く話をしていればよかったです』と言ったそうです」

 そうして、6月15日午前、舛添氏は辞職願を都議会の川井重勇議長に提出した。

 一部報道によると、安倍首相が舛添氏に電話をして直接、引導を渡したという情報もあるが、舛添氏はこの報道を否定している。

 「舛添さんは内田さんとの人間関係の中で辞任という結論を出したのです。そもそも、舛添さんは第1次安倍政権時代に自民党議員でありながら、安倍政権を批判していましたから、この2人の関係は最悪です。安倍さんが説得して、舛添さんが納得するはずがありません」

 舛添氏は東大法学部出身で学者を経て政治家に転身したエリートだ。一連の騒動で世間からの批判にさらされ続けた状況は耐えられないものがあっただろう。本人の主張では、政治資金の問題は合法であり、その“理屈”で歯を食いしばってきたが、最後の最後で辞任を決意したのは“情”だった。今も昔も政治の世界を突き動かしているのは、最後はこの論理のようだ。
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