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小林麻央さんが生前 BBCへ寄せた手記

 イギリスの公共放送BBCは去年11月、闘病生活などをつづったブログで多くの人を勇気づけたとして、世界の人々に影響を与えた「ことしの女性100人」に、日本人で初めて小林麻央さんを選びました。

 理由についてBBCは、「日本では、がんについて表立って話をするのは珍しいことだが、小林さんが既成概念を破って闘病中の経験や思いをブログでつづり始めた。小林さんのブログはがんと闘う人だけでなく多くの人を元気づけた」と説明していました。

 これを受けて、小林さんはBBCに寄せた手記の中で、当初は隠していたがんを公表するまでの葛藤について、次のようにつづっていました。

 「病のイメージを持たれることや、弱い姿を見せることには『怖れ』がありました。なので、当時、私は病気を隠すことを選びました。隠れるように病院へ通い、周囲に知られないよう人との交流を断ち、生活するようになっていきました。そんな毎日を続けていたある日、緩和ケアの先生の言葉が、私の心を変えてくれました。『がんの陰に隠れないで!』 私は気がつきました。元の自分に戻りたいと思っていながら、私は、陰の方に陰の方に、望んでいる自分とはかけ離れた自分になってしまっていたことに。

 家族は、私が彼らのために料理を作れなくても、幼稚園の送り迎えができなくても、私を妻として、母として、以前と同じく、認め、信じ、愛してくれていました。私は、そんな家族のために、誇らしい妻、強い母でありたいと思いました。私は、闘病をBlogで公表し、自ら、日向に出る決心をしました」

 「人の死は、病気であるかにかかわらず、いつ訪れるか分かりません。例えば、私が今死んだら、人はどう思うでしょうか。『まだ34歳の若さで、可哀想に』『小さな子供を残して、可哀想に』でしょうか?? 私は、そんなふうには思われたくありません。なぜなら、病気になったことが私の人生を代表する出来事ではないからです。私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、愛する人に出会い、2人の宝物を授かり、家族に愛され、愛した、色どり豊かな人生だからです。だから、与えられた時間を、病気の色だけに支配されることは、やめました。なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。だって、人生は一度きりだから」

◎英BBCも麻央さんの死去を伝える

 小林麻央さんが亡くなったことについて、イギリスの公共放送BBCもホームページで伝えています。

 この中では、「当初、『完璧な母親でありたい』という理想から乳がんとの闘いを隠していた」としているものの、その後一転して病状を公表したことについて、「人々が個人的な事を話したがらない日本で、彼女のブログは画期的だった」として、麻央さんのブログが多くの読者に影響を与えたと分析しています。

 また、夫の市川海老蔵さんの記者会見についても伝え、「息を引き取る瞬間、『愛してる』と言って、本当にそれで、そのまま旅立ちました」と、最期の様子を話したことを紹介しました。

 BBCは去年11月、闘病生活などをつづったブログで多くの人を勇気づけたとして、世界の人々に影響を与えた「ことしの女性100人」に日本人で初めて麻央さんを選んでいました。
| 雑感 | 21:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
小林麻央さん亡くなる
 歌舞伎俳優、市川海老蔵さんの妻で、乳がんの治療を続けていることを公表していたフリーアナウンサーの小林麻央さんが亡くなりました。34歳でした。

 小林麻央さんは東京出身で、大学生のころから芸能活動を始め、民放のバラエティー番組にレギュラー出演したり天気情報のキャスターを務めたりするなど、タレントとして活躍しました。

 大学卒業後はフリーアナウンサーとしてニュース番組の司会などを務め、平成22年に歌舞伎俳優の市川海老蔵さんと結婚しました。

 その後は芸能活動を控えて2人の子どもの子育てに専念していましたが、去年6月、夫の海老蔵さんが会見し、麻央さんが乳がんと診断されて2年近く治療を受けていることを明らかにしました。

 去年9月にはブログを開設して、闘病生活や家族とのやり取り、それに日々の心境などを詳しくつづり、大きな反響を呼びました。

 11月にはイギリスの公共放送BBCが、このブログががん患者だけでなく多くの人を勇気づけたとして、麻央さんを世界の人々に影響を与えた「ことしの女性100人」に選んでいます。

 ブログによりますと、麻央さんは手術や放射線治療を受けたあと、ことし1月には退院の報告をしていましたが、4月に再び入院したことを明らかにしていました。その後、先月29日に退院し、在宅医療を続ける様子をつづっていました。

 海老蔵さんは、23日正午からみずからが主催する公演に臨んだあと、午後2時半から記者会見を行う予定です。

◇海老蔵さん 去年の会見で回復願う
 市川海老蔵さんは去年6月、妻の小林麻央さんのがんを公表した際に、「誰よりもいちばん本人がつらいと思います。元気になりたいという気持ちと小さい子どものそばにいられない母親の気持ち、私には計り知れないつらさ、苦しさと闘っていると思います」と麻央さんの心中を思いやっていました。

 そして、「病気を患っている場合は、どんな方でもポジティブな部分とネガティブな部分があると思いますが、私としては元気がないときに、楽しい、くだらない話とか、『必ず元気になるよ』と話をすることしかできませんが、とにかく元気になってもらうことが、われわれ家族としましてはいちばんに願うことなので、いつか『あの時間は大変だったけど、家族にとってはとってもいい経験になった時間だったね』という会話ができるように、それを夢見ています」と回復への願いを語っていました。

◇患者増える 乳がん
 乳がんは女性のがんの中で最も患者数が多く、食生活の変化などの影響から患者は増え続けています。

 国立がん研究センターの推計によりますと、平成24年は7万4000人が新たに乳がんと診断されていて、女性のがん全体のおよそ20%を占めています。

 患者は若い人にも多く、30代から増え始めて40代後半から50代前半がピークとなり、仕事や出産など女性の生活に深刻な影響を及ぼします。

 早い段階で見つけて適切な治療を受ければ治療成績はよく、去年、国立がん研究センターが発表した5年相対生存率は、がんが乳房にとどまっている場合は98.9%だった一方、別の臓器などに遠隔転移している場合は33.7%となっていました。

 症状が進行すると骨に転移することが多いがんのため、手術や放射線治療、それに薬物療法といった基本となる治療のほか、骨折を防ぐために骨の修復を促す薬が使われることもあります。

◎海老蔵さん会見「『愛してる』と言って旅立ちました」
 歌舞伎俳優の市川海老蔵さんが23日午後、東京都内で記者会見を行い、乳がんの闘病をしていた妻の小林麻央さんが22日夜、自宅で亡くなったことを明らかにし、「息を引き取る瞬間、『愛してる』と言って、本当に言って、そのまま旅立ちました」と最期の様子を話しました。

 市川海老蔵さんは23日、東京都内でみずからが主催する公演に臨んだあと、午後2時半から記者会見を行いました。

 この中で、海老蔵さんは、「きのう夜、妻麻央が旅立ちました」と述べ、乳がんと診断されて治療を続けてきた妻の小林麻央さんが22日夜、自宅で家族に見守られて亡くなったことを報告しました。

 また、「きのう、稽古をしていたとき、真央さんのお母さまから来たラインが、『具合が悪い。お医者さまも来ていて、家族を呼んだ方がいい』という内容でした」と説明しました。

 そのうえで、帰宅したあとの様子について、「まだ麻央は、この世にいてくれて、息を引き取る瞬間、これは本当に不思議なんですけど、『愛してる』と言って、本当に言って、そのまま旅立ちました」と涙を流しながら、最期の様子を話しました。

 海老蔵さんは去年6月、麻央さんが乳がんと診断されて治療を受けていることを明らかにし、麻央さんはその後、去年9月にブログを開設して、闘病生活や家族とのやり取り、それに、日々の心境などを詳しくつづって大きな反響を呼びました。

 記事を読んで涙が止まりませんでした。
お二人ともともに愛し合い、そして、ともに強い人ですね。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
| 雑感 | 15:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
藤井四段28連勝 30年ぶり歴代最多の連勝記録に並ぶ
 史上最年少で将棋のプロ棋士となり、公式戦で一度も負けていない中学3年生の藤井聡太四段が、21日大阪で行われた対局に勝ち、連勝記録を「28」に伸ばしました。これで、30年ぶりとなる歴代最多の連勝記録に並びました。

 藤井聡太四段は、去年10月に史上最年少の14歳2か月でプロ棋士となったあと公式戦で一度も負けることなく勝ち続け、今月17日の対局で連勝記録を歴代2位の「27」まで伸ばしています。藤井四段は21日、大阪の関西将棋会館で王将戦の予選に臨み、午前10時から澤田真吾六段と対局しました。

 対局は互いに攻め合う展開になり、終盤、藤井四段の攻めがつながって次第に優勢になり、午後4時47分、99手までで澤田六段が投了しました。これで藤井四段の連勝記録は「28」になり、30年前の昭和62年に神谷広志八段が達成した最多連勝記録に並びました。

 対局のあと、藤井四段は、「先に優勢になられる展開になってしまったが、なんとかしのいで反撃の形になったのはよかった」と対局を振り返りました。

 また、28連勝という記録については、「本当に思ってみなかったことなので、非常に幸運というかツキがあったと思います」と話していました。

 藤井四段は今月26日に次の対局に臨み、最多記録の更新に挑むことになります。

◇藤井四段「幸運だった」
 連勝を「28」に伸ばして歴代最多記録に並んだことについて、藤井聡太四段は、「先に優勢になられる展開になってしまったので、なんとかしのいで反撃できたのはよかった。前回は苦戦したので、きょうはいい内容の将棋を指したいと思っていた」と対局を振り返りました。

28連勝という記録については、「対局前は本当に思ってみなかったことなので、非常に幸運というか、ツキがあったと思います」と話していました。

 そして、期待のかかる記録更新については「次は竜王戦のトーナメントなので気を引き締めて臨みたい」と抱負を語りました。

◇敗れた澤田六段「隙のない将棋だった」
 藤井聡太四段に敗れた澤田真吾六段は21日の対局について、「いい将棋を指したかったのですが、熱戦にならなかったのは残念でした」と振り返りました。

 また、藤井四段について、「やはりミスが少なく、隙のない将棋だと思いました」と話していました。

◇日本将棋連盟会長の佐藤康光九段「敬意を表する」
 日本将棋連盟会長の佐藤康光九段は、「14歳という若さでこの偉大な記録に並ばれましたことに敬意を表します。次局も大変な注目が集まるかと思いますが、全力を出し切ってもらいたいと願います」とコメントしています。

 羽生善治三冠は、「神谷八段の偉大な記録に並ぶとは驚嘆の一語に尽きます」とコメントしています。

 谷川浩司九段は、「普通の棋士ではなかなか経験できない貴重な半年間を、大きな財産として、将来に生かしてほしいと思います。扇子の言葉のとおり、大きな志を持って時代を築ける棋士を目指してください」とコメントしています。

 昭和62年に28連勝を成し遂げた神谷広志八段は、「こういう日が来るかもしれないと考えていましたが、まさかデビューから無敗で並ぶ人がいるとは夢にも思いませんでした。将来のスーパースターと一瞬でも肩を並べることができてとても光栄です」とコメントしています。

◇母親の裕子さん「日常生活は自然体」
 藤井聡太四段の母親の裕子さんは、報道各社の質問にメールで応じ、日常生活について「対局への姿勢を含め様子は以前と変わりません。自然体です」などとコメントしました。

 このうち、藤井四段の日常生活については、「周りの方から声をかけられる事が増え、関心をもって下さる方が多くいてくださる事は感じていると思いますが、対局への姿勢を含め様子は以前と変わりません。自然体です。成績については特に口にしないので、本人がどの様に受け止めているのかはわからないです」と、日常生活はこれまでと変わらないと記しています。

 家族としてのサポートやアドバイスについては、「何か特別なサポートをしているということはありません。プレッシャーに打ち勝つアドバイスもしたことありません。私のほうがプレッシャーに弱いので」などと答えています。

 また、藤井四段の将来についてどう考えるかという質問に対しては、「本人にとってどうしたらよいかは考えますが、押しつけにならないようにしたいと思っています。私のイメージではなく、本人が思う事を尊重し応援しようという気持ちです」と、子どもを見守る思いを記しています。

◇タイトル獲得の最年少記録 更新も期待
 藤井四段は公式戦の連勝記録だけでなくタイトル獲得の最年少記録など、ほかの記録の更新も期待されています。

 藤井四段は連勝を続ける中で、八大タイトルの竜王戦と棋王戦で挑戦者を決めるトーナメントへの進出を決めているほか、王将戦でも予選を勝ち続けていて、プロ1年目にしてタイトル戦の挑戦者となる可能性が残されています。

 将棋のタイトル戦の挑戦者となった最年少記録は、屋敷伸之九段(45)が平成元年にプロ入り間もない四段で棋聖戦への挑戦を決めた17歳10か月で、タイトルを獲得した最年少記録は、同じく屋敷九段が翌年、棋聖になった18歳6か月です。

 さらに、トップ棋士の証しとも言える順位戦の最高位、A級への昇級は、昭和33年に加藤一二三九段が成し遂げた18歳3か月が最年少記録となっていて、こちらも記録更新の可能性があります。

◇今後の対局日程
 藤井四段は、次は今月26日に竜王戦の挑戦者を決めるトーナメントの初戦に臨み、増田康宏四段(19)と対局します。

 この対局に勝てば29連勝となり、最多連勝記録を30年ぶりに更新して歴代単独1位となります。

 このトーナメントの藤井四段の次の対局は、来月2日に予定され、30連勝をかけて佐々木勇気五段(22)と対局します。
| 雑感 | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
加藤一二三 九段敗れて現役引退
 将棋界で60年以上、プロ棋士として活躍してきた史上最年長の加藤一二三九段が、20日の対局に敗れ、現役引退となりました。

 加藤一二三九段(77)は、昭和29年に当時の史上最年少記録となる14歳7か月の若さでプロ棋士になり、「名人」などのタイトルを合わせて8期獲得するなど、将棋界を代表する棋士の1人として60年以上、第一線で活躍してきました。

 ことし1月には将棋界で史上最年長の棋士となりましたが、順位戦の最も下のクラスでも成績が振るわず、日本将棋連盟の規定により、進行中のタイトル戦の予選などがすべて終わった段階で引退となることが決まっていました。

 加藤九段は20日、東京の将棋会館で負ければ最後となる竜王戦の予選の組を決める対局に臨み、54歳年下の高野智史四段(23)と戦いました。

 対局は加藤九段が得意な矢倉戦法を高野四段が受ける形で進みましたが、終盤を前に高野四段が優勢となり、午後8時10分すぎ、98手までで加藤九段が投了しました。

 加藤九段は残された対局がなくなっため、現役引退となり、誰よりも長く続いた棋士生活に終止符を打ちました。

◇加藤九段 現役最後の対局は
 加藤九段は現役最後の戦いとなった20日の対局でも得意の戦法で攻め、旺盛な食欲を見せていましたが、投了後は感想戦を行わず、足早に将棋会館をあとにしました。

 加藤九段は対局開始の12分前、高野四段が着席するより早く対局室に入りました。座布団を交換し、先手、後手を決める振り駒を終えると、厳しい表情で盤面を見つめました。

 加藤九段は対局中の旺盛な食欲で知られ、20日は昼に「うな重」、おやつにチーズを1パック食べました。夕食の出前では「鶏の唐揚げ定食」と「カキフライ定食」を注文しましたが、夏はカキフライ定食がないと告げられると、「天ぷら定食」と「冷やしトマト」を注文していました。

 対局は2人とも、加藤九段が得意とした「矢倉」の戦法で攻め合う展開となりましたが、次第に加藤九段の形勢が悪くなりました。最終盤、加藤九段は席を立つことが多くなり、午後7時40分ごろからは20分ほど席を空けました。

 そして、対局室に戻り、「感想はあとで送るので、感想戦はなしで」と告げたうえで、高野四段に「負けました」と伝えて投了しました。

 このあとすぐに席を立ち、感想戦や報道陣への対応を行うことなく、あらかじめ呼んでいたタクシーに乗り、将棋会館をあとにしました。

 経緯を説明した日本将棋連盟の森下卓理事は、「最後の対局とあって、気持ちが収まらなかったのだろう」と心情を察したうえで、「記者が集まる対局で感想戦をしないのは異例のことだ」と話していました。

◇棋界から前人未到の活躍たたえる声
 加藤九段の引退を受けて、4人の棋士が、日本将棋連盟を通じてコメントを出しました。

 日本将棋連盟の会長を務める佐藤康光九段は、「63年という長きにわたる前人未到の現役生活、大変お疲れ様でございました。私がプロを目指して奨励会に入会した昭和57年に、42歳で初の名人位を獲得された千日手・持将棋を含む中原先生との十番勝負の激闘は今でも鮮明に覚えております。健康にご留意され、これからも将棋界を明るく楽しくしていただければと思います。ありがとうございました」とコメントしています。

 中原誠十六世名人は、「加藤一二三さんとは多くのタイトル戦で戦いましたが、もっとも印象的なのは第40期名人戦です。七番勝負ならぬ十番勝負となって約4か月かかる激闘で、いまとなっては懐かしさがあります。現役生活、長い間ご苦労様でした」としています。

 羽生善治三冠は、「現役生活63年は空前絶後の大記録です。長年に渡りお疲れ様でした」とコメントしています。

 また、加藤九段のプロ入りの最年少記録を62年ぶりに塗り替え、デビュー戦で対局した藤井聡太四段は、「加藤先生、長い間お疲れさまでした。先生と対局しその迫力ある指し手を体感できたことは僕にとって大きな財産になると思っています。ありがとうございました。これからもさまざまな方面でご活躍される事を楽しみにしています」というコメントを寄せています。

◇ツイッターでは「ひふみんお疲れ様」
 加藤一二三九段が投了した直後から、ソーシャルメディアのツイッターでは、「ひふみんお疲れ様でした」と、親しみを込めた数多くのねぎらいの言葉が投稿されました。

 投稿の中には、加藤九段が投了後、いわゆる感想戦を行わずにすぐに退席したことについて、「最後までひふみんらしかった」とか、「ひふみんの悔しさが伝わってきて、逆に泣ける」などさまざまな感想があったほか、「タレントとしてここからが本番のような気も」などと、今後のバラエティ番組などでの活躍を期待するコメントも寄せられていました。

◇史上最年長の棋士「神武以来の天才」
 加藤一二三九段(77)は、昭和15年1月1日に福岡県で生まれ、昭和29年、当時の史上最年少となる14歳7か月の若さでプロ棋士になりました。

 デビュー後は4年連続で昇段を決めて、これも史上最年少の18歳で棋士として一流の証しであるA級になり、異例の速さで将棋界の最高レベルまで駆け上がりました。

 その活躍ぶりから「神武以来の天才」と呼ばれ、「名人」や「王位」などのタイトルを合わせて8期獲得するなど、将棋界を代表する棋士の1人として活躍しました。

 対局では、飛車の先に銀を繰り出す「棒銀」の戦法を得意とし、長考派として知られる一方で、終盤、秒読みに入ってからも力強さを発揮することから「1分将棋の神様」の異名も持ち、持ち時間の少ないルールで行われるNHK杯ではこれまでに7回の優勝を果たしています。

 還暦を迎えたあともA級に在籍して活躍を続けるなど、60年以上にわたって現役を続け、個性的なキャラクターから「ひふみん」の愛称で親しまれています。

 去年12月には、加藤九段の記録を塗り替えて14歳2か月で史上最年少棋士となった藤井聡太四段との間で年齢差が62歳の対局も実現し、話題となりました。

 77歳になったことし1月、将棋界で史上最年長の棋士となりましたが、棋士のランクを決める順位戦のリーグで、最も下のクラスの中で下位の10人にとどまることが確定しました。

 この場合、通常は「フリークラス」という順位戦に参加できないクラスに降格することになりますが、これには60歳までという年齢制限が設けられているため、77歳の加藤九段はこのクラスにも入ることができず、残された対局を終えた時点で現役を引退することが決まりました。

 しかし、その後も1勝6敗と振るわず、タイトル戦やNHK杯の予選で敗退したため、20日臨んだ竜王戦の予選の組を決めるトーナメントが唯一の対局として残されていました。
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21日にかけ西日本と東日本の太平洋側 非常に激しい雨のおそれ
 前線の影響で九州や四国に発達した雨雲がかかっていて、21日にかけて西日本と東日本の太平洋側などで非常に激しい雨が降り、四国を中心に局地的に1時間に80ミリの猛烈な雨が降るおそれがあります。気象庁は低い土地の浸水や土砂災害、川の増水に警戒するよう呼びかけています。

 気象庁によりますと九州南部に伸びる前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込み前線の活動が活発になっていて、この時間、九州や四国に発達した雨雲がかかっています。

 高知県四万十町に国土交通省が設置した雨量計で午後10時までの1時間に62ミリの非常に激しい雨を観測したほか、高知県黒潮町佐賀では午後9時40分ごろまでの1時間に44ミリの激しい雨を観測しました。

 また、鹿児島県霧島市福山で午後10時半までの1時間に44.5ミリの激しい雨を観測しました。

 前線が次第に北上するため、これから21日にかけて雨の範囲は西日本から東日本の太平洋側に広がり、雷を伴って1時間に50ミリ以上の非常に激しい雨が降るおそれがあるほか、四国を中心に局地的に1時間に80ミリの猛烈な雨が降るおそれがあります。

 21日の夕方までに降る雨の量は、いずれも多いところで四国で300ミリ、近畿と東海で250ミリ、九州南部で180ミリ、鹿児島県の奄美地方と関東甲信で150ミリなどと予想されています。

 気象庁は低い土地の浸水や土砂災害、川の増水に警戒するとともに落雷や突風に十分注意するよう呼びかけています。

 鹿児島県曽於市は激しい雨が降っていることから、午後5時半に、市内全域の1万8350世帯、3万7249人に避難準備の情報を出して、高齢者や体の不自由な人などに避難を始めるよう呼びかけています。曽於市は市内3か所に避難所を開設しています。

 徳島県三好市は大雨による地すべりの危険性があるとして、午後5時半に、西祖谷山村有瀬上地区の15世帯25人に避難準備の情報を出し、高齢者や体の不自由な人など移動に時間がかかる人に早めの避難を呼びかけています。

 雨の影響で、沖縄県では、本島中部や南部で、40棟余りの住宅が水につかったほか、各地で土砂崩れが起き県道などが一部で通行止めになっています。

 沖縄県によりますと、雨の影響で西原町で7棟が、浦添市で2棟が床上まで水につかりました。また、中城村で36棟、宜野湾市で3棟が床下浸水しました。

 土砂崩れも相次ぎ、昨夜9時すぎには、中城村泊で土砂崩れが起き、倒れた木が県道をふさいで通行止めになっているほか、20日午前1時半ごろには、うるま市豊原で土砂崩れが発生し、市道が通行止めになっています。
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ゴルフ 松山英樹選手 世界ランキング2位に
 男子ゴルフの18日付けの最新の世界ランキングが発表され松山英樹選手が、日本の男子選手の史上最高を更新する2位に上がりました。

 男子ゴルフの世界ランキングは、過去2年間に出場したトーナメントで獲得したポイントをもとに計算されます。

 松山選手は、先月、中嶋常幸選手の記録を抜いて日本の男子選手で過去最高となる3位となっていましたが、次の週にすぐ4位に後退し、15日から海外メジャー大会の第2戦の全米オープンに臨みました。

 松山選手は全米オープンで2位となり、予選落ちしたイギリスのローリー・マキロイ選手とオーストラリアのジェイソン・デイ選手を抜いて世界ランキングを2位にあげ、日本の男子選手の史上最高を更新しました。

 1位は、アメリカのダスティン・ジョンソン選手で前の週と変わっていません。

 3位はマキロイ選手、4位はデイ選手となりました。

 このほかの日本選手は、谷原秀人選手が3つ順位を下げて51位、池田勇太選手は前の週と変わらず59位でした。

◎ゴルフ全米オープン 松山が自己最高の2位に
 ゴルフの松山英樹選手が18日、海外メジャー大会の第2戦、全米オープンで通算12アンダーをマークし、日本の男子選手の過去最高に並ぶ2位に入りました。

 松山選手は、最終ラウンドをトップと6打差の14位でスタートし、前半はバーディー3つ、ボギー1つでスコアを2つ伸ばしました。

 後半もショットが安定し、最終18番ホールでバーディーを奪うなどバーディー5つ、ボギー1つと、この日スコアを6つ伸ばし、通算12アンダーとして自己最高の2位に入りました。

 海外メジャー大会で日本の男子選手の最高成績は、1980年の全米オープンの青木功選手がマークした2位で、松山選手はこれに並びました。

 女子では、樋口久子さんが1977年に全米女子プロ選手権で優勝しています。

 松山選手は、「いいプレーができたので満足している。ここまで上位に来られたのはうれしい。ただ2日間はよくなかったので、もう少しできたのではないかという気持ちもある」と振り返っていました。

 27歳のアメリカのブルックス・ケプカ選手が通算16アンダーでメジャー初優勝を果たしました。

 このほかの日本勢は、小平智選手が通算3オーバーの46位、宮里優作選手は通算9オーバーの60位でした。

◇中嶋常幸選手「ますます強くなっている」
 ゴルフの松山英樹選手が全米オープンで2位となり、海外メジャー大会の日本の男子選手の過去最高成績に並んだことについて、元世界ランキング4位の中嶋常幸選手は、「優勝にはあと一歩届かなかったが、最終日のゴルフからは彼がますます強くなっていることがわかった。今後の海外メジャー大会での優勝に期待している」とコメントしています。
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指原莉乃、前人未到の3連覇
 “選挙”なので、私は毎年、この開票を興味深く見ておりましたが、今年は史上初の「無観客」開票で、少し残念でした。それにしても、指原莉乃さんはさすがですね。

◎【第9回AKB総選挙】指原莉乃、前人未到の3連覇 ラスト総選挙で有終の美[結果一覧]
 (2017年06月17日 20:49 ORICON NEWS)

 人気アイドルグループ・AKB48の49thシングル(タイトル未定・8月30日)を歌う選抜メンバーをファン投票で決める『第9回AKB48選抜総選挙』が開票され、速報3位(3万2340票)だったHKT48チームH/STU48の指原莉乃(24)が、24万6376票を獲得し、AKB48総選挙史上初の3連覇。ラスト総選挙で有終の美を飾った。2位はAKB48チームBの渡辺麻友(23)、3位はSKE48チームSの松井珠理奈(20)。

 昨年は、8年目にして“レジェンド”前田敦子と大島優子が成し得なかったAKB48総選挙史上初の2連覇を果たし、女王“交互の法則”を打ち砕いた指原。今年を最後に、総選挙から身を引くことを宣言したが“前人未到”のV3を達成。指原と同じく今年が最後となる渡辺との最終決戦を制した。

 ガッチリとトロフィーを握りしめた指原は「本当にうれしいです。私の今までのアイドルとしての活動は、総選挙とともにあったと思います。今こうやってテレビに出ているのも、テレビに出ている自分に少しずつ自信が持てているのも、迷惑ばかりかけてきた両親に恩返しできているのも、皆さんが私を1位にしてくれた、そこからだと思っています」と、支えてくれた全ての人に感謝。

 「これからもAKB48スタッフメンバー、一体となって頑張っていくので、見捨てないでください。私は、頼もしいスピーチをしてくれた後輩たちに託して、これからは後ろからついていきたいと思います。こんな私をアイドルにしてくれた、ファンの皆さんに感謝です。最後にやってもいいですか? これからもAKB48グループ一緒に作ってくれるかな?」と声をかけると、メンバーも「いいとも!」と応えた。

 また、年内での卒業を発表した渡辺に「麻友ちゃん、えっと…(泣きながら)今は正直すごくショックで言葉になりません。ずっと頑張ってくれて、いなくなってどうなるかわからないけど、ドラマの時はすごく楽しそうで、そっちの方向に行くんじゃないなと思っていました」と思いを明かし「麻友の判断を応援したいと思います。頑張ってね」と、2人で抱擁すると「応援してくださった皆さん、ありがとうございます」と伝えた。

 同選挙にはAKB48および姉妹グループに所属する322人が立候補。5月30日からスタートしたファン投票によって、45thシングルの表題曲のセンターや選抜16人、カップリング曲を歌う「アンダーガールズ」(17〜32位)、「ネクストガールズ」(33〜48位)、「フューチャーガールズ」(49〜64位)、「アップカミングガールズ」(65〜80位)がそれぞれ決定した。

◆指原莉乃(さしはら・りの)1992年11月21日生まれ、大分県出身。愛称さっしー、さしこ。07年10月にAKB48加入した5期生。12年5月に「それでも好きだよ」でAKBメンバー5人目のソロデビュー。同年6月にHKT48に移籍し、翌年の第5回総選挙で初の1位を獲得した。現在は、瀬戸内7県を拠点に今夏発足予定の姉妹グループ「STU48」(SeToUchi48)の劇場支配人とメンバーを兼任。過去の総選挙は第1回から27位→19位→9位→4位→1位→2位→1位。

■「49thシングル選抜メンバー」(1位〜16位)

1位  246,376票 指原莉乃(HKT48 Team H)
2位  149,132票 渡辺麻友(AKB48 Team B)
3位  113,615票 松井珠理奈(SKE48 Team S)
4位  82,803票 宮脇咲良(HKT48 Team KIV)
5位  73,368票 荻野由佳(NGT48 Team NIII)
6位  63,124票 須田亜香里(SKE48 Team E)
7位  58,314票 横山由依(AKB48 Team A)
8位  52,475票 惣田紗莉渚(SKE48 Team KII)
9位  48,143票 岡田奈々(AKB48 Team 4)
10位 45,684票 北原里英(NGT48 Team NIII)
11位 42,663票 高橋朱里(AKB48 Team 4)
12位 41,491票 白間美瑠(NMB48 Team M)
13位 41,230票 本間日陽(NGT48 Team NIII) 
14位 40,202票 古畑奈和(SKE48 Team KII)
15位 38,576票 高柳明音(SKE48 Team KII)
16位 35,540票 吉田朱里(NMB48 Team M)

■「アンダーガールズ」(17位〜32位)

17位 35,201票 向井地美音(AKB48 Team K)
18位 34,977票 松村香織(SKE48 Team KII)
19位 34,688票 峯岸みなみ(AKB48 Team K)
20位 31,779票 須藤凜々花(NMB48 Team N)
21位 30,282票 加藤玲奈(AKB48 Team B)
22位 30,236票 大矢真那(SKE48 Team S)
23位 29,953票 中井りか(NGT48 Team NIII)
24位 29,699票 小嶋真子(AKB48 Team 4)
25位 28,623票 高倉萌香(NGT48 Team NIII)
26位 28,554票 大場美奈(SKE48 Team KII)
27位 28,457票 太田夢莉(NMB48 Team BII)
28位 28,355票 田中美久(HKT48 Team H)
29位 28,118票 川本紗矢(AKB48 Team 4)
30位 28,037票 倉野尾成美(AKB48 Team 8)
31位 27,384票 森保まどか(HKT48 Team KIV)
32位 26,444票 福岡聖菜(AKB48 Team B)

■「ネクストガールズ」(33位〜48位)

33位 25,988票 加藤夕夏(NMB48 Team M)
34位 25,900票 渕上舞(HKT48 Team KIV)
35位 25,733票 朝長美桜(HKT48 Team KIV)
36位 25,731票 江籠裕奈(SKE48 Team KII)
37位 25,364票 矢吹奈子(HKT48 Team H)
38位 24,996票 冨吉明日香(HKT48 Team KIV)
39位 24,585票 村瀬紗英(NMB48 Team BII)
40位 24,458票 田島芽瑠(HKT48 Team H)
41位 24,401票 西潟茉莉奈(NGT48 Team NIII)
42位 24,303票 岩立沙穂(AKB48 Team 4)
43位 24,276票 佐々木優佳里(AKB48 Team A)
44位 24,108票 鎌田菜月(SKE48 Team E)
45位 23,304票 谷口めぐ(AKB48 Team A)
46位 23,225票 後藤楽々(SKE48 Team E)
47位 22,895票 久保怜音(AKB48 研究生)
48位 22,264票 沖田彩華(NMB48 Team BII)

■「フューチャーガールズ」(49位〜64位)

49位 21,643票 坂口理子(HKT48 Team H)
50位 21,472票 田中菜津美(HKT48 Team H)
51位 21,296票 小栗有以(AKB48 Team 8)
52位 20,910票 込山榛香(AKB48 Team 4)
53位 20,888票 山口真帆(NGT48 Team NIII)
54位 20,640票 植木南央(HKT48 Team KIV)
55位 20,356票 武藤小麟(AKB48 研究生)
56位 19,919票 竹内彩姫(SKE48 Team KII)
57位 19,752票 谷川愛梨(NMB48 Team N)
58位 19,467票 荒井優希(SKE48 Team KII)
59位 19,372票 松岡菜摘(HKT48 Team H)
60位 19,263票 渋谷凪咲(NMB48 Team M)
61位 18,814票 市川美織(NMB48 Team N)
62位 18,363票 本村碧唯(HKT48 Team KIV)
63位 18,299票 熊崎晴香(SKE48 Team E)
64位 18,052票 北川綾巴(SKE48 Team S)


■「アップカミングガールズ」(65位〜80位)
65位 17,757票 太田奈緒(AKB48 Team 8)
66位 17,744票 谷真理佳(SKE48 Team E)
67位 17,662票 永野芹佳(AKB48 Team 8)
68位 17,320票 佐藤すみれ(SKE48 Team E)
69位 17,303票 坂口渚沙(AKB48 Team 8)
70位 16,930票 宮島亜弥(NGT48 研究生)
71位 16,641票 加藤美南(NGT48 Team NIII)
72位 16,511票 小畑優奈(SKE48 Team KII)
73位 16,492票 樋渡結依(AKB48 Team A)
74位 16,393票 茂木忍(AKB48 Team K)
75位 16,162票 大森美優(AKB48 Team 4)
76位 16,097票 後藤萌咲(AKB48 Team B)
77位 15,990票 角ゆりあ(NGT48 研究生)
78位 15,804票 高畑結希(SKE48 Team E)
79位 15,598票 豊永阿紀(HKT48 研究生)
80位 15,396票 松岡はな(HKT48 Team II)
| 雑感 | 13:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
JR西日本の豪華寝台列車「瑞風」 一番列車が出発

 関西と中国地方を周遊するJR西日本の豪華寝台列車「トワイライトエクスプレス瑞風」の運行が17日から始まり、一番列車が大阪駅を出発しました。

 「トワイライトエクスプレス瑞風」は1泊2日や2泊3日で、関西と中国地方を周遊する豪華寝台列車です。

 17日はJR大阪駅で出発式が行われ、午前10時前にホームに深い緑色の流線型の先頭車両が姿を現すと、待ち受けた大勢の鉄道ファンから歓声が上がりました。

 10両編成の列車には16の客室があり、先頭と最後尾の車両は天井まで窓が広がる展望車となっていて、乗客が外に出ることができるデッキも備えています。

 また、食堂車では景色を楽しみながら西日本各地の旬の食材を使った一流のシェフの料理が提供されるほか、本格的なバーカウンターや茶の湯も楽しめるラウンジもあります。

 料金は1泊2日のツインの部屋で1人27万円から、最も豪華なスイートは2人で利用した場合、1泊2日で1人75万円からと高額ですが、一番列車の抽選倍率は平均で25倍に上ったということです。

 新婚旅行として夫婦で瑞風に乗車した小林あやかさん(39)は,「すでに引退したかつての寝台特急、『トワイライトエクスプレス』で夫と知り合ったので、もう一度乗りたいと思っていました。歴史的な列車の特別な時間と空間のすべてを楽しみたい」と話していました。

 一番列車は乗客16組31人を乗せて、午前10時20分ごろに大阪駅を出発しました。今回は山陰地方を通って1泊2日で山口県の下関駅を目指すコースで、途中、兵庫県の城崎温泉や幕末の歴史がいきづく山口県萩市などに立ち寄ります。

 瑞風は高級感のある内外装が特徴で、外観はグリーンの車体に金色のエンブレムを付け「ノスタルジック・モダン」に仕上げられました。

 10両編成の両端には展望室があり、走行時は最後尾の外側にある展望室に出て沿線の風景を楽しめます。

 内装は昭和初期に注目が集まったアールデコ調で、木材を多く使って落ち着いた雰囲気に仕上げられました。

 お酒を楽しめるバーカウンターなどを設けたラウンジカーもあり、7号車にあるスイートは世界的にも珍しい1両1室の広いスペースで、専用のバルコニーやリビング、寝室、バスタブ付きのバスルームがあります。
| 雑感 | 18:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
岩肌に太陽の光「夏至観音」現れる 香川 小豆島

 香川県の小豆島にある八十八か所霊場の札所では、夏至を前に岩肌に当たる太陽の光が観音様のように見える「夏至観音」が現れ、信仰を集めています。

 小豆島町の小豆島八十八か所霊場の一番札所、洞雲山では毎年、夏至の前後のおよそ50日間、午後3時ごろになると、境内の岩の隙間を通って岩肌に当たる太陽の光が観音様のように見えます。

 その姿は、観音様が錫杖(しゃくじょう)という、つえを手にして、立っているように見え、この時期しか現れないことから、夏至観音と呼ばれています。

 太陽の高さが変わると形も変わるため、高さ3メートルほどある観音様のように見えるのは5分間ほどで、完全な姿で見えるのは1分間ほどです。

 夏至観音が現れると、住職がホラ貝に合わせて祈とうを始める中、参拝に訪れた人たちが神秘的な光景を写真に収めていました。

 初めて見たという地元の女性は、「天気がよかったので、よく見えました。来たかいがありました」と話していました。

 また、横浜から夫婦で移住してきたという女性は、「どうして、この現象が起きるのかわからなかったけれど、岩の影でできるということがわかり、感動しました」と話していました。

 夏至観音は、来月中旬まで晴天の日に見ることができるということです。
| 雑感 | 14:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
女優の野際陽子さん 死去 81歳
 数多くのドラマや映画に出演し、存在感のある母親役などで人気を集めた女優の野際陽子さんが、13日、がんのため亡くなりました。81歳でした。

 野際さんは富山市出身で、大学を卒業後、NHKのアナウンサーを経て昭和38年に女優としてデビューしました。

 昭和43年から放送された民放のアクションドラマに出演し、流行の最先端のファッションや、大男をねじ伏せる派手な格闘シーンで人気を集めました。

 また、平成4年に放送された民放のドラマでは、佐野史郎さんが演じる息子を溺愛する母親の役で鬼気迫る演技を見せ、「冬彦さん」という流行語も生み出しました。

 さらに、NHKの大河ドラマ「秀吉」や「新選組!」にも出演したほか、連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」ではヒロインの祖母の役を演じるとともに、ナレーションも担当しました。

 関係者によりますと、野際さんは3年前に肺せんがんが見つかり、手術や抗がん剤治療を行いながら仕事を続けていたということで、去年はNHKのドラマ「コントレール〜罪と恋〜」に出演したほか、ことしも4月にスタートした民放のドラマに出演していました。

 先月から東京都内の病院に入院し、13日の朝、親族にみとられながら亡くなったということです。

◇長女の真瀬樹里さん「胸の中で天国へ」
 野際陽子さんが亡くなったことについて、長女で女優の真瀬樹里さんが所属事務所を通じてコメントを発表しました。

 この中で、真瀬さんは、「肺炎を併発し入院してから1ヶ月強、一進一退を繰り返しながら必死に闘い抜きました。2度の手術、抗がん剤治療と、仕事をしながらの壮絶な3年の闘病でした。最期は、親族やスタッフに見守られ、抱きしめる私の腕の中で天国へ旅立ちました」と野際さんの闘病生活や亡くなったときの様子をつづっています。

 そして、「今まで母を応援して下さった皆様、お世話になった仕事の関係者の皆様、本当にありがとうございました。多くの人に愛される、役者としても一人の人間としても偉大な母だったと誇りに思っております。母と、母の遺した作品を、どうかこれからも忘れずに愛し続けて頂けたらと存じます」と記しています。

 民放のドラマで共演し、野際さん演じる母親の息子役「冬彦」を演じた俳優の佐野史郎さんが、自身のブログに心情をつづりました。

 この中で、佐野さんは、「野際陽子さんの訃報が届く。野際さん・・・ていうか、野際ママ。第二のお母さん。四半世紀前・・・いや、もうちょっと前にドラマで共演させていただいてから、何本もの思い出いっぱいの作品でご一緒させていただいた。プライベートでも、かつてのドラマの共演者たちとたまには食事した。こないだ会ったばかりな気がするのに。辛いそぶりなんかカケラも見せず・・・。なんだか実感がない」と今の心情を記しています。

 そのうえで、「野際ママ・・・身体はなくなっても、作品の中ではまだ生きてるよ。そういや、ドラマの中とはいえ、人生で最後にキスしたのが僕でゴメンなさい。野際陽子さん、本当にありがとうございました。安らかにお眠りください」とコメントしています。

 現在、放送中の民放のドラマで共演した石坂浩二さんは、「撮影の途中で体調を崩され、撮影を早く撮り終え、1日も早く元気になられてお目にかかれると思っていましたが、とても残念です。今は何も言葉になりません。ご冥福をお祈りいたします」というコメントを出しました。

 NHKの連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」で野際さんと共演した松下奈緒さんは、「スタジオ撮影が始まって間もない頃で、緊張する私にいつも笑顔でいろんなお話をしてくださり、私の緊張をほぐして下さいました。いつもやさしい野際さんとまた、ご一緒させて頂きたかったです。本当にさみしいです」とコメントしています。

 野際さんとドラマの親子役で共演した仲間由紀恵さんは、「母娘として14年間ご一緒させて頂いた野際さん、最近もドラマで元気にお芝居されている姿を拝見していたので、突然の訃報に、ただただ驚き、悲しい気持ちで胸がいっぱいです。残念でなりません…」とコメントしています。
| 雑感 | 00:16 | comments(0) | trackbacks(0) |