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10の質問でわかる【やわらか頭診断】あなたの頭はガチガチ、それとも……?
 私は、歳を取って頭が固くなって来たと思ってます。10の質問では6つ当てはまりました。

◎10の質問でわかる【やわらか頭診断】あなたの頭はガチガチ、それとも……?
 (2018年10月17日 19:31 占いTVニュース)

 柔軟な思考ができる、やわらか頭。ものごとを重層的にとらえたり、多面的に見たりすることが得意で、ユニークなアイデアをさらっと思いついたりもする、融通性に富んだ頭のことです。対するのは、頑固一徹のかたい石頭。あなたの頭はどちらでしょうか? 10の質問で診断してみましょう。

 以下の中であなたに当てはまるものがいくつあるか、数えてみてください。

□どんな人とも、わりとうまく付き合える

□なぞなぞクイズが得意だ

□ミスや間違いを指摘されたら、すぐにあらためられる

□どちらかというと夜型だ

□自分の意見にこだわらず、人の意見を受け入れることができる

□「花」がつく単語を15秒以内に10個以上思いつける

□物ごとを完遂するより、アイデアを考えるほうが得意

□朝食をしっかり食べている

□「そんなこと、よく思いつくね」といわれることがよくある

□ウォーキングなど、適度に身体を動かす習慣がある

 あなたはいくつ当てはまりましたか? さっそく結果をみてみましょう。

■0〜2個……視野が狭いかも ガチガチの石頭
 あなたは、頭がかたい人のようです。思い込んだら試練の道だろうが何だろうが、この道しかないと思って、ひたすら突き進んでしまうところがあるでしょう。うまくいけば道を究めて大成できるかもしれませんが、うまくいかないと「石頭」なんていわれて、人間関係に支障をきたす恐れがあります。やわらか頭の友人を常にそばに置き、世間とのクッション材になってもらうといいでしょう。

■3〜5個……やわらか過ぎず、かた過ぎずの普通頭
 あなたは、やわらかさやかたさの具合がちょうどいい、普通頭のです。必要とあれば反対意見にも耳を傾けるし、世の中には白黒だけでは判断のつかないグレーゾーンの存在があることもちゃんと知っているでしょう。その一方で、自分がこだわっていることに関しては、世間に流されたりしない、硬質な強さも備えているはずです。今後も、硬軟を使いこなして世渡りしていきましょう。

■6〜8個……柔軟性に富んでいる、やややわらか頭
 あなたの頭は、やわらかいか、かたいかでいえば、やややわらかいほうでしょう。思考の幅が広く、物ごとを多角的に見て、ああでもないこうでもないと考えるのが好きで、1つのテーマにいく通りもの結論を思いついたりするはずです。ただ、そうしたやわらかさは優柔不断にもつながりやすいため、周囲をイライラさせている可能性も。発想力は十分あるので、あとは決め打ちする強さを養いましょう。

■9〜10個……発想力は子ども並み!? やわらか頭
 あなたは、やわらか頭の持ち主です。常識にとらわれることなく、柔軟に物ごとをとらえる力が備わっていそうです。よく子どもの自由な発想力が話題になったりしますが、あなたにはそうした思考の広がりがあるのでしょう。ただ、ときに自由になり過ぎるせいか、奇抜な言動に走ってしまうことも。また、アイデアが次から次へとわいてくる分、初心貫徹が苦手な面もありそうです。

 やわらか頭とかたい頭。どちらがいい、悪いではないですが、やわらか頭のほうが、今の時代は生きやすいのかもしれません。かたい頭になった人は、反対意見にも耳を傾けるようにするなど、思考の幅を広げてみましょう。

 (夏川リエ)
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千円札、記号と番号が紺色に
◎千円札、来年3月に「新色」登場 記号と番号が紺色に
 (2018年10月18日 11:36 朝日新聞デジタル)

 財務省は18日、来年3月18日から発行する千円札から、記号と番号の色を褐色から紺色に変えると発表した。アルファベット3文字と数字6ケタを組み合わせた129億6千万通りを全て使ってしまうため。

 新たなお札が出た後も、現行のお札はそのまま使える。現在の様式の千円札は2004年11月に発行が始まった。記号と番号の色の変更は、11年7月に黒色から褐色に変更して以来2度目となる。

◎千円札の記号・番号の色、8年ぶりに変更 来年3月から
 (10月18日 産経新聞)

 財務省は18日、千円札に印刷されている記号と番号の色を平成31年3月18日発行分から、現在の褐色から紺色へ変更すると発表した。近く、記号と番号の129億6千万通りの組み合わせを使い切る見通しとなり、同じ色で発行し続けることができなくなるため。

 千円札の記号と番号の色が変更されるのは、平成16年から発行されている現在の紙幣となってから、平成23年以来8年ぶり2回目となる。発行当初は黒色だったが、平成23年の1回目の変更時に褐色となった。

 記号と番号は、数字と紛らわしいIとOを除くアルファベットを先頭に1つか2つ置き、次に000001〜900000までのいずれかの数字を配置、さらに末尾に、IとO以外のアルファベットを1つ記している。

 千円札以外では、一万円札が前回の千円札と同時に変更され、五千円札が平成26年に変えられた。今後の変更の予定はまだないという。
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将棋 藤井七段 新人王戦で初優勝 最年少記録を31年ぶり更新

 将棋の高校生棋士、藤井聡太七段が新人王戦の決勝三番勝負で2連勝し、初優勝しました。藤井七段は16歳2か月で、新人王の最年少記録を31年ぶりに更新しました。

 藤井七段は17日、大阪の関西将棋会館で新人王戦の決勝三番勝負の第2局に臨み、出口若武三段(23)と対局しました。

 若手棋士が参加する新人王戦は一流棋士への登竜門とされる棋戦で、六段以下などの参加規定があるため、ことし四段から一気に七段まで上がった藤井七段は今回が最後の出場となりました。

 藤井七段はトーナメントを勝ち上がって決勝三番勝負に進み、今月10日に行われた第1局に勝って優勝に王手をかけていました。

 17日の対局は、藤井七段が積極的に駒を進めて次第に相手の王を追い詰め、午後3時、105手までで出口三段が投了して藤井七段が2連勝で初優勝を果たしました

 藤井七段は現在16歳2か月で、森内俊之九段が昭和62年に達成した17歳0か月の新人王の最年少記録を31年ぶりに更新しました。

 藤井七段の棋戦での優勝は、ことし2月の「朝日杯将棋オープン戦」に次いで2回目です。

◎将棋:藤井七段、最年少新人王に 31年ぶり更新
 (2018年10月17日 15:23 毎日新聞)

 将棋の第49期新人王戦決勝三番勝負(しんぶん赤旗主催)第2局が17日、大阪市福島区の関西将棋会館で指され、現役最年少の高校生棋士、藤井聡太七段(16)が奨励会の出口若武(わかむ)三段(23)に105手で勝ち、2連勝で優勝した。

 公式棋戦の優勝は、中学生だった今年2月の朝日杯将棋オープン戦に続き2回目。藤井は16歳2カ月で、森内俊之九段(48)=当時四段=が1987年に17歳0カ月で果たした新人王戦の最年少優勝記録を31年ぶりに更新した。

 第2局は藤井の先手番で、序盤で互いの角を交換する「角換わり」と呼ばれる戦いになった。研究していたのか、出口が早指しで挑んだが、藤井が的確な指し回しで優位を築き、押し切った。

 同棋戦は六段以下の若手棋士や、プロ棋士を目指す奨励会三段リーグ戦の成績上位者らが参加。藤井は初参加の前期は準々決勝で敗退。今期は、開催期間中に四段から七段にスピード昇段したため最後の出場機会となったが、初戦から6連勝で見事に優勝を遂げた。

 藤井にとっては3局以上の対局で優勝やタイトルを争う「番勝負」も初めての経験だった。

 一方、4期連続の出場で初の決勝の舞台を踏んだ出口。第1局は優位に立つ場面もあったが、及ばなかった。
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カミさんと「江川せせらぎ遊歩道」を散歩

 今日は、カミさんと中原区にある「江川せせらぎ遊歩道」を散歩しました。5月にカルガモの子育てを見に来て以来です。

 今年は4月18日に13羽が生まれました。親と変わらないくらい大きくなってました。

 近くのドラッグストアで食パンを買って餌付けをしました。

 久し振りの餌付けでカミさんも大喜びです。

 お腹が一杯になったのか居眠り中です。

 ここはとても歩きやすい遊歩道で、酷暑のために中々来られませんでしたが、今日は散歩ができて良かったです。カミさんが喜んでくれたのが何より嬉しいです。
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プロ野球 セ・リーグCS 巨人がファイナル進出 菅野がセ・リーグCSで初のノーヒットノーラン
 プロ野球、セ・リーグのクライマックスシリーズファーストステージ第2戦は、シーズン3位の巨人が2位のヤクルトに4対0で勝って2連勝とし、3年ぶりのファイナルステージ進出を決めました。

 試合は、巨人が2回、長野久義選手のソロホームランで先制し、4回にはマギー選手のソロ、亀井善行選手のツーランホームランで3点を追加しました。

 先発の菅野智之投手は、速球とキレのある変化球をコースに投げ分ける完璧なピッチングを見せ、7回に山田哲人選手にフォアボールを与えて完全試合は逃しましたが、最後までヒットは許さず、クライマックスシリーズで初めてとなる、ノーヒットノーランを達成しました。

 試合は、巨人が4対0でヤクルトに勝ち、クライマックスシリーズファーストステージ2連勝で、3年ぶりのファイナルステージ進出を決めました。

 巨人は、今月17日からマツダスタジアムで行われるファイナルステージで、リーグ3連覇を果たした広島と対戦します。

◇山田「短期決戦の難しさを改めて感じた」
 ヤクルトの山田哲人選手は、「悔しい。菅野投手はよかったけど、小林選手のリードもよく、自分の思っているものと違った。短期決戦の難しさを改めて感じた。日本一になるためには短期決戦を勝っていかないといけない。来年への課題にしたい」と話していました。

◇小川監督「勝負に負けたということ」
 ヤクルトの小川監督は、「勝負に負けたということ。シーズン2位は選手の頑張りだが、優勝争いをしたわけでもないので、これでいいということはない。個々がレベルアップして、この悔しさを次につなげていかないといけない」と厳しい表情で話していました。

◎巨人 菅野がセ・リーグCSで初のノーヒットノーラン
 プロ野球・巨人の菅野智之投手が14日夜、神宮球場で行われたクライマックスシリーズファーストステージ第2戦で、ノーヒットノーランを達成しました。

 クライマックスシリーズで、ノーヒットノーランを達成したのは菅野投手が初めてです。

 菅野投手は、今月9日のレギュラーシーズン最終戦でリリーフで登板して9回の1イニングを投げ、中4日で今夜のファーストステージ第2戦に先発しました。

 菅野投手は序盤から、力のある速球とキレのあるスライダーをコースに投げ分け、ヤクルト打線につけいるすきを与えませんでした。

 7回に山田哲人選手にフォアボールを与えて完全試合こそ逃しましたが、続く、バレンティン選手からは外角のスライダーで三振を奪いました。

 菅野投手は、その後もヒットを許さない完璧なピッチングを見せ、4点リードで迎えた9回は、最後のバッター、坂口智隆選手をセンターフライに打ち取り、ノーヒットノーランを達成しました。

 菅野投手はこの試合、バッター28人と対戦してフォアボールが1つ奪った三振は7つ、球数は113球でした。プロ野球でのノーヒットノーランは、レギュラーシーズンの7月に同じ巨人の山口俊投手が達成して以来で、クライマックスシリーズで達成したのは、菅野投手が初めてです。

◇菅野「なんと表現していいかわからないが達成感」
 クライマックスシリーズ初となるノーヒットノーランを達成した巨人の菅野智之投手は、「6回くらいから意識していた。なんと表現していいかわからないが達成感がある。きのうも勝っていい流れだったので、何とか波に乗って投げることができた。高橋監督と1日でも長く野球ができるよう最後まで頑張りたい」と話していました。

◇小林「いつもどおりのピッチングさすがだ」
 ノーヒットノーランを達成した菅野投手について、キャッチャーの小林誠司選手は、「いつも以上にプレッシャーがかかる試合で、いつもどおりのピッチングをしてくれたのでさすがだと思った」と、エースの力投に脱帽していました。

 そして、大記録達成の要因について、「緊迫した中でもしっかり自分をコントロールして、落ち着いて1球1球投げているという印象があったので、そういうところがよかったのだと思う」と話していました。

◇巨人 高橋監督「すごい。ほかに言葉が見つからない」
 巨人の高橋由伸監督は、ノーヒットノーランを達成した菅野投手について、「すごい。ほかに言葉が見つからない」と絶賛していました。

 また、チームがクライマックスシリーズファイナルステージに進出したことについては、「われわれはチャレンジャーなので、ファーストステージと同じように思いっきりぶつかっていきたい」と話していました。
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レスリング 伊調 2年ぶりの復帰戦で優勝

 レスリングでオリンピック4連覇を果たしたあと、休養を続けていた伊調馨選手が、14日、2年ぶりに実戦に復帰し静岡県で開かれた国内の大会で優勝しました。

 34歳の伊調選手は、おととしのリオデジャネイロオリンピックで金メダルを獲得し4連覇を果たしましたが、その後は休養に入り、公式戦に出場していませんでした。

 ことしに入ってからは、伊調選手に対するパワーハラスメント問題が発覚したことから公の場にほとんど姿を見せてきませんでしたが、14日、静岡県三島市で行われた全日本女子オープン選手権に出場し、2年2か月ぶりに実戦に復帰しました。

 伊調選手は、初戦で大学1年生を相手にわずか38秒で10対0のテクニカルフォール勝ちと圧倒し準決勝は、ことしのジュニアの世界チャンピオンを相手にフォール勝ちし貫禄を示しました。

 決勝は、去年の全日本社会人選手権で優勝した望月芙早乃選手と対戦しました。伊調選手は、前半、相手のタックルを防いで逆にバックを取る得意の攻撃に加え、みずからタックルをしかけるなど巧みにポイントを重ね6対0とリードしました。

 後半も相手につけいる隙を与えず、残り2分30秒を切ったところで相手のタックルを返して逆に抑え込み、フォール勝ちしました。

 これで伊調選手は、東京オリンピックの代表選考にも関わることし12月の全日本選手権への出場資格を得たことになり、前人未踏のオリンピック5連覇に期待が高まります。

◎レスリング:伊調馨 2年2カ月ぶりの実戦でV
 (10月14日 毎日新聞)

 レスリング女子で五輪4連覇の伊調馨(34)=ALSOK=が14日、2016年リオデジャネイロ五輪以来、2年2カ月ぶりの実戦となる全日本女子オープン選手権(静岡・三島市民体育館)57キロ級に出場し、優勝した。

 伊調は上位2人に与えられる12月の全日本選手権(東京・駒沢体育館)の出場権を獲得した。男女通じて個人種目世界初の五輪5連覇が懸かる20年東京五輪に向けて好発進した。

 伊調は今年に入り、日本協会の栄和人・前強化本部長からパワーハラスメントを受けていたことが発覚。今春から日体大で本格的に練習を再開していた。

◎伊調馨788日ぶり復帰戦でV 五輪5連覇へ好発進
 (2018年10月14日 14:28 日刊スポーツ)

<レスリング:全日本女子オープン選手権>◇14日◇静岡・三島市民体育館◇シニアの部57キロ級ほか

 シニアの部57キロ級で、オリンピック(五輪)4連覇を果たした伊調馨(34=ALSOK)が2016年リオデジャネイロ五輪以来、788日ぶりの復帰戦を優勝で飾った。

 五輪女王が存在感を見せつけた。約2年2カ月ぶりの実戦となった島中斐子(同志社大)との1回戦。開始早々、相手の隙をついて足を取り、バックに回ると回転させ得点を重ね、わずか38秒でテクニカルフォール勝ち。

 続く準決勝は沢葉菜子(至学館大)と対戦し、バックを取られて先制されたが、その後追加点を重ね、最後は相手の力を利用し、エビ固めからフォール勝ちした。

 決勝は望月芙早乃(自衛隊)と対戦。フォール勝ちで優勝を果たした。

 準決勝を勝利した時点で、2位以上が確定したため、2020年東京五輪につながる12月の全日本選手権(駒沢体育館)の出場権を自力でゲット。2年後の東京五輪での5連覇に向けた最初の大会で最高のスタートを切った。

 リオ五輪後、日本協会の強化本部長だった栄和人氏から受けたパワハラ問題が浮上し、騒動に発展したが、自身は今春から行っている日体大での練習に集中した。

 夏には日体大生と朝、昼、晩の3部練習をこなすなど、復帰に向け、順調に調整を重ねてきた。

 青森時代の恩師、沢内和興さんは、「結構な決意でこの大会に臨んでいる。まだ手探り状態で動きは普通だが、臨機応変にやる選手だから思うようにいっているんじゃないかな」と及第点を与えた。
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カタイアイス 育児中の親注目
◎「2歳児が30分近く静かになった」“シンカンセンスゴイカタイアイス”が育児の神アイテムと注目集まる
 (2018年10月11日 19:32 ねとらぼ)

 主に新幹線車内で販売されている“シンカンセンスゴイカタイアイス”こと「スジャータスーパープレミアムアイスクリーム」が、従来とは違った方向性から、そして主に育児中の親世代から注目を集めています。

 2歳児に買い与えた所、30分近く静かに座っていてくれたとのこと。その手が……その手があったか!

 「スジャータスーパープレミアムアイスクリーム」は、購入直後だとスプーンがへし折られかねないほど硬いのが特徴、「まだ目的地まで時間がある」と思って買っても、その硬さから目的地に到着しても完食できていない悲劇がよく起きます。

 その硬さに敬意を評し、“シンカンセンスゴイカタイアイス”の異名が付きました。なお、大変美味でもあります。

 そんなアイスの意外な効力を偶然にも引き出したのが、保育所検索サイトの「保活広場」を運営するコリさん。ツイートには子どもがアイスを一生懸命食べている写真も添えられています。

 小さな子供は電車内などでも容赦なく飛び跳ねまわることも多いため、静かにさせるのに苦労している親も多いはず。そんななか、なかなか食べ進められないアイスの硬さが、子どもの意識を一心に向けさせてくれたようです。

 この投稿にリプライ欄では、「これは名案」「子どもを静かにさせる魔法のアイテム」「この子の根気強さに関心しました」「車内暑くてグズってる子のほっぺたにくっつけるのも効果あり」「うちは硬くてすぐ怒って即終了でした」といった声が寄せられていました。
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ビジネスホテルの「選び方」
 初めて行く場合に、どこのホテルを予約すれば良いか判断できない場合が多いので、何か決め手みたいなものがあると助かります。

◎ホテルの予約、見るべきは「ベッド」の写真 カバーの形でわかる質
 (2018年10月11日 07:01 ウィズニュース)

 出張の際にお世話になる「ビジネスホテル」。

 いざ予約をする!と思ったとき、あなたは何を決め手に予約をしますか?価格でしょうか?設備でしょうか?立地でしょうか?

 どのような理由で選ぶ人も、知っておくと便利なビジネスホテルの選び方を,全国津々浦々の多彩な宿泊施設を利用者目線で批評するホテル評論家 瀧澤信秋さんに聞きました。

◇ビジネスホテルは「泊める」に特化した施設
 まずはホテル業界の現状について簡単に説明させてください。ホテルと一言で言っても様々なホテルがあります。

 わかりやすいところで言うと、シティホテルと呼ばれているハイエンド寄りなホテルは宿泊とあわせて様々なサービスを提供してきました。食事飲食やウェディング、エステなどが含まれます。

 逆にビジネスホテルは、人を「泊める」ということに特化したホテルです。そのため、シティホテルのようなサービスが充実していない分、お手頃な値段で宿泊ができるというのが基本でした。

 しかしながら、現在この構図が変わりつつあります。

 ビジネスホテル業界の競争の激化により、これまではシティホテルでしか提供されていなかったようなサービスが、ビジネスホテルでも提供されるようになってきているのです。

 顕著なのが「朝食」です。

 シティホテルの朝食で、シェフが目の前で卵焼きを焼いてくれるサービスがあります。実際に体験し、温かい卵焼きを堪能したことがある人も多いでしょう。

 一方、ビジネスホテルでは朝食の提供はしているものの簡易的な内容も多い中、朝食を提供するだけでなく、同様の卵焼きのサービスを提供するホテルまでも出てきています。

◇予約時には「ベッド」の写真を要チェック
 それでは、予約をする際にはどのようなところをチェックすべきでしょうか?

 人それぞれこだわりはあると思いますが、ホテルの「ベッド」にぜひ注目してください。

 これまでのスタンダードは「スプレッドスタイル」と呼ばれており、掛け布団とシーツが別々のものが、重ね合わせてマットレスにピッタリと張り付けられている状態のものでした。

 しかしながら、最近は「デュベスタイル」と呼ばれる、掛け布団がシーツにカバーリングされたものが、マットレスにふんわりと載せられているスタイルが増えてきました。

 結論から言うと、後者の「デュベスタイル」のものを選ぶのがおすすめです。理由としては、清潔感があるという点とそこにホテルのホスピタリティが現れやすいからです。

 スプレッドスタイルだとベッドカバー兼掛け布団は使い回し、間に入れられた1枚のシーツのみが交換されることが多く、寝返りなどでシーツがずれた際、誰が触れたかわからない布団に触れてしまう可能性があり、一人の利用者として見たときに、デュベスタイルの方が気持ちが良いものです。

 また、デュベスタイルの方がシーツの交換も大変ですし、クリーニングのコストもかかります。カバーのコストはも高くなっています。

 それでも清潔感に投資しているというスタンスのホテルは、その他のサービスもしっかりしているところが多い印象です。

 また、建物自体が古くないかも見ておきたい所です。古い建物だと、内装を新しくしていても、空調が全館一括管理で調整しにくかったり、配管が古いため水回りの悪臭があったりします。経験上、外観の写真がHPに掲載されていないホテルは気を付けた方がいいです。

◇予約の際は「公式サイト」からがお得
 いろいろなサイトがある中で、どこから予約するのが良いかですが、これは「公式サイト」がおすすめです。

 どのホテルも「じゃらん」「relux」といった予約サイト経由の予約の場合、そのサイト側に仲介手数料を払っています。最近、この手数料分を公式サイトから予約した場合、値段の割引やポイント付与に還元する動きが活発になってきています。

 具体的な探し方としては、下記のような方法がおすすめです。

 1)地域や条件を「じゃらん」等のサイトで検索

 2)候補のホテルを公式のサイトから比較・予約

 その際に、地元のビジネスホテルが評価の上位に表示されていたらぜひチェックしてみることをおすすめします。大手のチェーンではできないサービスを提供しているところがみつかるかもしれません。

 一つ例を挙げると、三河安城のABホテルでは朝食だけでなく、夕食まで無料で提供していたりします。

 最後に、とはいえホテルは結局「人」が全てだったりします。

 良い人に出会えれば良い体験ができます。そして、サービスの行き届いたホテルは良い人がいる可能性が高いです。今後、ホテルを探す際に今回の内容も参考にしていただくことで、よりよい体験ができるよう願っています。
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「負の感情」が増大、背景には
 満員電車に交通渋滞、たまっていく未読メール、高ストレス社会を生き延びる知恵はどこにあるのでしょうか?

◎日本人のイライラ増大 背景には“自己愛”と“不景気”
 (2018年10月10日 16:02 AERA dot.)

 怒りや嫉妬など、人々の「負の感情」が増大している昨今。駅や電車内では乗客同士や駅員への暴力、トラブルを見聞きすることも少なくない。「誰でも輝ける」というメッセージを浴び自己愛は肥大化したが、日本全体の衰退の中で輝ける場所はない。蓄積する不満の行方は。「縮む日本」に未来はあるのか。

*  *  *

 嫉妬と比べ、怒りは暴力といった短絡的な行動に直結する傾向が強く、表面化しやすい。このように人びとが怒りっぽくなったのには、どういう背景があるのだろうか。

 日本社会では、思ったことをはっきり言わない、感情をあらわにしないなど、「本音」と「建前」を使い分けながらお互い配慮し合ってうまくやってきた歴史がある。

 しかし、社会の価値観が変化し、悩みやすかったり傷つきやすかったりする点は変わらないのに、「感情を抑える必要はない」「言いたいことははっきり言う」といった考えが奨励されるようになった。

 精神科医の香山リカさん(58)は語る。

 「でも感情を出すには相手がいる。『この人になら言ってもいい』と思った相手に対して感情を爆発させると、その人はまた次の人に感情を爆発させる。キャッチボールではなく、感情の玉突き現象のようなものが起きている気がします」

 格差の拡大やパワハラの横行などで抑圧されている人が増える一方で、社会全体が自己愛的になっていることも一因ではないかと分析する。

 「『誰でも輝ける』とか『やればできる』とか、自分の無限の可能性のようなものを刺激される機会がいっぱいある。そういう中で、『こんなはずじゃなかった』と、今の自分の状態を不本意だと思っている人が多い。従来ならみんなも我慢していると思えたのが、『どうしてこの私が』という感情があるのではないでしょうか。自己愛が肥大化して持ち上げられても、社会の仕組みとしては一人ひとりが大事にされない状況になっている。ダブルスタンダードです」

 怒りを本来向けるべき相手ではなく弱い立場や筋違いの人に向けてしまうこともあり、いま自分が何に対して怒っているのか、怒るべきなのかを自分の中で仕分けする必要があると言う。

 「何に対して怒りの声をあげるべきかを見極めないと、ただの憂さ晴らしで終わってしまいます」

 一方、著書『頭に来てもアホとは戦うな!』(朝日新聞出版)が「イライラが一瞬にして消える」と好評で60万部を突破した田村耕太郎さん(55)は、経済的な背景を指摘する。「小さく、貧しく、老いていく」のが日本の現状であり問題で、それが「怒り」や「嫉妬」など負の感情が増大している原因でもあると分析する。

 「日本は急速に貧しくなっています。人口減少や高齢化で先行きに明るさが見えず、給料も昇進ポストも減り、終身雇用も揺らいでいます。一方で税や社会保険料はどんどん増え、生活や精神の余裕がなくなっていると推察します」

 日本の人口や経済が右肩上がりだった頃は、日本型組織も成長の原動力として機能してきたが、人口減少、高齢化、賃金減少、負担増加、大企業のグローバル競争の劣勢など敗色が濃厚になると、国民の不満は高まるばかりとなる。

 「ここから脱してクリエーティブに生きてもいいのですが、萎縮する人物をつくりだす教育のせいでそういう人はほとんど現れません。不満を持ちながらも同調圧力に屈し、その不満がさらに強い同調圧力を周囲にかけてしまう。結果的に自由に生きて成功する人、経済的に成功する人、空気を読まない人たちを引きずりおろそうとする力が社会で強まっているのではないでしょうか」(田村さん)

 すべてが低迷し窮屈になって、同じ組織の中でみんながイライラしている。怒ったり妬んだりしてもうまくいくことはほとんどないとわかっていても感情的に許せない──。

 「貧すれば鈍する、ではないですが、経済をよくしないとどうにもならないのではないでしょうか」(同)

 日本の人口は2100年に向けて減っていくと言われており、明治初期のころと同程度の約4千万〜5千万人になると予想されている。しかし、明治初期は64歳以下の人口が9割くらいだったが、2100年は高齢者が4割を超える推計だ。

 「安倍首相は、人口は1億人を割らないと言っていますが、日本の出生率では不可能なので外国人を受け入れるしかありません。若いアジアの人などに入ってきてもらい、ポジティブで、ある意味のんびりしているような新しい風を入れる必要があります」(同)

 多様な人が日本に来ることで、いろいろな考え方があることを知り、違っていていいんだと思えるようになる。それが日本人の考えをポジティブにすると田村さんは考える。

 「同調圧力がかからない人が増えれば、負の感情は減っていきます」

 人口増を前提としてきた日本のシステムが限界に来ており、それによって不安が増大し、それが怒りや妬みの感情に転化される。外国から新たな風が吹くなど環境が変われば、そんな状況も克服できるかもしれない。

 「子どもの頃から自由な感覚を身につけてもらうことが大事です。同調させない。先生が威嚇して同じことをさせる旧来の教育ではダメです」

 (編集部・小柳暁子、川口穣)

 ※AERA 2018年10月15日号より抜粋
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「置き去りに」見事と言わせた最期
 自分の人生をどう手じまうか、最近、よく考える様になって来ました。

◎希林さんのような"見事な最期"5人の実例
 (10月8日 PRESIDENT ONLINE 鳥居 りんこ)

 女優の樹木希林さんが9月15日に自宅で息を引き取った。その“生き様”には多くの共感が集まっている。介護アドバイザーの鳥居りんこ氏は「希林さんは娘さんに『(私を)置き去りにして』と言った。この言葉のように、人生の最期を他人任せにしたくないと考える人が増えているのではないか」という。鳥居氏が接した5人の“見事な最期”について紹介しよう――。

◇樹木希林が娘に「(私を)置き去りにして」と言った理由
 女優の樹木希林さんが亡くなりました。その“生き様”は、夫の内田裕也さんに「見事な女性でした」と言わしめるものでした。

 葬儀では娘の也哉子さんが「おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きればいい」という希林さんの言葉を紹介していましたが、この言葉が胸に響いた方も多かったと思います。

 希林さんのような覚悟を持って、それを貫き、生涯を閉じるということはとても難しいことだと想像しますが、今回、筆者はその難しさを承知の上で「人生の冬支度」というテーマで綴ってみたいと思います。

 筆者は介護アドバイザーとして、高齢者の介護に関わっているプロの方々、また、そのご家族からお話をうかがう機会があります。今回は、その中で「こんな風に生きて、死ねたら理想だな」と感じた5つの事例をご紹介させてください。

【1:自分の人生を人任せにしないという思考で生きる】
 9月26日放送のNHKスペシャル「“樹木希林”を生きる」で、希林さんは自らの余命を悟った上で、娘の也哉子さんにこう話す場面がありました。

 「(私を)置き去りにしてって言っているの。みんな、ジリツしてくれって……」

 筆者はこの“ジリツ”という言葉は“自立”よりも、むしろ“自律”を希林さんは意識していたのではないかと想像します。つまり、「他からの支配や助力を受けずに、存在すること」ではなく、「自分で自分をコントロールし、自分の意志によって行動できること」に重きを置いていたのではないでしょうか。

 自身がそう生きてきたように、娘さんたちにも、母を棄てることに罪悪感を感じず、自分の暮らしを大切にしてほしい。それが幸せにつながる道だから。そんな意味を含んだ言葉だと私は解釈しました。

◇希林さんと同じような考えだった末期ガン77歳男性
 先ごろ、亡くなられた潔さんという77歳の男性も希林さんと同じような考え方をしていました。末期ガンで余命1年と診断された後は、すべての財産を処分し、公正証書遺言を作成した上で、実子に葬儀式次第、死後やるべき手続き、挨拶をしなければならない人などを明記した「エンディングノート」を託したそうです。

 当然のようにリビングウィル(尊厳死の権利を主張すること)にも加入し、延命治療は拒否。看取りを引き受けてくれる医院併設の老人ホームを自ら探し出し、実子にすら「見舞い無用」と言って、そこにひとりで引っ越したそうです。

 例え、実子といえども、自分のことで暮らしのリズムを崩してくれるなということが潔さんの願いだったと、娘さんに聞きました。

 「エンディングノート」などを使って、希望を伝えるということの良さは、むしろ託された側にあるのです。託された側は、できる限り、その思いをかなえようと動きますので、それが結果的に、永遠の別れを迎えることになったとしても「これが親の意志だった」と思い切れます。

 他人任せにせず、最期まで「自分の人生を生き切る」という意志を持つことが、旅立つ側、見送る側、双方に納得感がある幕引きになる。そう感じさせる事例でした。

◇「それは慎まねばなりません。そういう年になったのです」

【2:「お天道様が見ている」という思考で生きる】
 90歳を超えた貴代さんという女性も希林さんに負けず劣らず、素晴らしい生き方をした人でした。この方は観劇が趣味で毎月のように、都心までの片道1時間、おひとりで電車に乗って出かけていました。

 ところが、90歳の誕生日を迎えた途端、都心への観劇には一切出かけなくなったそうです。要介護認定も受けていないほどお元気だったのですが、息子さんは「ひょっとして具合が悪いのか?」と心配します。

 すると貴代さんは「どこも痛くもないし、具合も悪くない」と。それならば、と息子さんはこう言います。

 「ひとりで行くのが不安ならば、一緒に行くよ。俺のことなら全然、迷惑じゃないから」

 ところが、貴代さんは息子さんにこう返したそうです。

 「いくら、あなたが『迷惑じゃない』と言ってくれたとしても、(私が出かけることは)『世間様のご迷惑』。そういうことは慎まねばなりません。そういう年になったのです」

 息子さんは筆者にこう言いました。

 「母は常日頃から『誰も見ていないと思っても、お天道様が必ず見ておられる』『お天道様に恥ずかしくない生き方をせねば』と言っていたのです。自分の我を通すことで、誰かの迷惑になってはいけない、分相応をわきまえるという生き方を貫き通した人でした」

 貴代さんはその数年後、もうひとつの趣味である庭いじりをしている最中に倒れ、そのまま亡くなったということでした。

◇「おいしく頂けて幸せ」「手足を伸ばして寝られて幸せ」

【3:「おかげ様」思考で生きる】
 こちらは懇意にしているケアマネージャーに聞いた話です。

 美津子さんという「要介護1」の85歳の女性がいました。足が悪い以外は特にこれといった疾患もなく、身の回りのことも全部、自分でしていたそうです。美津子さんは、ケアマネが訪問する時も含め、どんな人にも必ず「おかげ様で」「ありがとう」という言葉を添える方だったそうです。

 ケアマネはこう言いました。

 「ご家族に聞いたらね、人間にだけではなくて、例えば、お食事をする、寝床で眠る、そういう何でもない日常生活に対しても『おいしく頂けて幸せ』『手足を伸ばして寝られて幸せ』『ありがたい』という感謝の言葉を頻繁に口になさるんですって」

 ある夜、美津子さんが同居の家族にこう告げたそうです。

 「今まで、本当にお世話になりました。なんだか、今夜、お迎えが来るような気がしてね。それで、今、お風呂に入って念入りに体を洗ってきたところ……」

 そして「ありがとう」の言葉を残して美津子さんは床につき、ふすまの向こうからはいつもの寝息が聞こえてきたそうです。「冗談」だと思い込んでいた家族ですが、翌朝、美津子さんは本人が言ったとおりに旅立ったそうです。

 「美津子さんの死に方は理想。かくありたいものだよね……」とは、そのケアマネの言葉です。こういう亡くなり方もあるのだなぁと思っています。

◇「みな嫌がるけれど、シワやたるみは勲章よね」

【4:「これもまた善し」という思考で生きる】
 年齢を重ねると、体の各部位が思うように機能しなくなり、シワやたるみといった“経年劣化”も感じるようになります。

 それが、どれほどの“恐怖”なのだろうと思うと、筆者は年を取ることが怖くなっていました。ところが、桂子さんは違いました。ある老人ホームで知り合った桂子さん(当時81歳)は筆者にこう言ったのです。

 「こんなところにいつのまにかシワができるなんて、面白いと思わない? 気が付いたら、できているなんて、それまではどこに隠れているのかしらね(笑)。みんなは嫌がるかもしれないけど、これも年を取ったからできたことで、いわば勲章よね……」

 そして筆者に続けて、こう教えてくれました。

 「この世は修行の場。いろんな嫌なこともあるけれども、それをも含めて『ああ、修行中の身だから、修行させようとしてくださっているのか……。ならばこれもまた、善し!』って、そのことを面白がれるようになるわね」

 それから、数年。病が進んでも笑顔が絶えない桂子さんでしたが、ある時、誤嚥性肺炎であっという間に亡くなりました。

 老人ホームの介護士さんたちが泣きながら「きっと『これもまた善し!』っておっしゃっていますよね……」とその遺影に語りかけていたシーンを思い返します。

【5:今よりもブラッシュアップするために生きる】
 最後に久志さんという男性の話をします。

 この方は89歳で、おまけに国指定難病に罹患されていました。徐々に手にしびれを感じるようになり、歩行も困難でしたが、ある日、パソコンの存在に気付きます。

 そして、パソコンを使って自分史を作ろうと発奮したのです。お孫さんの協力を得ながら、キーボードでの作業をイチから覚え、一文字ずつ打ち込んでいきました。

 約2年の年月をかけ、戦中戦後を生き抜いた「自分史」が完成したそうです。そして、その原稿が本として刷り上がってきた、その日に亡くなってしまいました。看取りをしたドクターによると、久志さんは当初の余命を大幅に超えた頑張りを見せていたそうです。

 久志さんの娘さんから聞いた話です。

 「父は『人間はいかなる時も目標を失ってはいけない』と言っていました。『常に勉強して、昨日よりも今日、“より良い人間になる”のだという気概が大事だ』ってこともよく口にしていましたね。父のことは本当に尊敬しています」

◇死に向かって、この身をどう使っていくのか、という“覚悟”
 以上、ご紹介した5人は、いずれもご自分なりの人生観を持ち、生き抜いた方々です。希林さん同様に、自律をまっとうされた方々です。

 共通しているのは、「人は死に向かって生きていく」といった哲学を持っていること。死に向かって、この身をどう使っていくのか、という“覚悟”をもって生きていたと思うのです。簡単にできることではないでしょう。しかし、その姿勢に学ぶことは多いのではないでしょうか。

 筆者は、両親の介護を通して「どう死ぬのかは、どう生きるのか」とイコールであるという実感を抱いています。とても難しい課題ですが、樹木希林さんの生き方は改めて、私たちに「あなたはどう生きますか?」と問いかけているように思うのです。
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